第3話 孤児院の記憶

 ハンと別れて渡り廊下を通り、金ノ宮に戻った。

 開け放たれた玄関扉から入ると、金ノ宮の明るく広い吹き抜けのホールがある。

 侍従長の兎獣人のジョイが綺麗な姿勢で、待っていた。


「あぁ、ゲリン、おかえり。迷子にならなかったか?」


 侍従長のジョイは、新人の俺の教育係で何かと世話になっている。

 長い耳と短い尾が可愛らしいが、なかなか礼儀に煩い男で、当初、王弟妃に敬語を使わない俺に難色を示したが、マイネが何か言ったのか注意されなくなった。


「大丈夫です。戻りました」

「カスパー様は中庭でおやつ中だよ」


 教えられた通り中庭に行くと、籐の椅子に座って楽しげに笑い合っているマイネとカスパーを見つける。

 ルシャードに似たカスパーが頬を膨らませて、お菓子をもぐもぐと食べていた。


 その様子に癒される。

 タイル張りになった中庭は中央に小川が流れていて、心地よいせせらぎも聴こえた。

 自覚はなかったが、俺はルシャードとの会話にストレスを感じていたようだ。


 マイネが「おかえり」と俺に顔を向けて言った。


 頬に入れた菓子をカスパーは、飲み込んでから口を開く。

「どこ、行ったの?」


 輝く金色の髪と瞳に表情豊かな愛くるしさを二人の親から受け継いだ、末恐ろしい獣人。


 四歳の獣人のカスパーは獣の耳と尻尾があるだけで、まだ獣型に変化はできない。

 だが、紛れもなく王族だけに出現する聖獣だった。


「ルシャード殿下の執務室に行ってた」

「何の話だった?」


 マイネに訊かれた俺は、内心焦ったが、悟られないように、空いている椅子に腰を下ろす。

 

「今後について……あ、マイネの妃教育を担当する人に会った。来週から来るらしいな」


「うん。そうなんだ。事務官をしてたから、王族のイベントごとは知ってるつもりなんだけど、王弟妃の義務とかわからないからさ」


 聞いた話では、五年前、マイネはルシャードの事務官をしていた。

 オメガのマイネは本来は事務官になれないが、ベータだと偽っていたらしい。


 マイネの容姿は、華奢で中性的だ。

 ベータに見えなくもないが、よく騙せたなと感心してしまった。

 どうも発情期がなかった頃のマイネは、今よりも平凡で、どこにでもいそうなベータのような外見だったそうだ。


 カスパーを出産したことにより、オメガらしい容姿に変貌し、ルシャードに愛されるようになったマイネは美しくなった。

 その変化に驚く。


 マイネは癖のある鳶色の髪の襟足のうなじに、歯形の跡が浮かんでいる。

 ルシャードとの番の証だった。

  




 狼獣人の俺は幼い頃に親に捨てられたらしく、親の記憶はない。

 俺の記憶は王都にある孤児院から始まっている。


 当時の王弟、ルシャードの叔父が支援する大きな孤児院で四十人ほどの子供達と一緒に暮らし成長した。


 俺に剣技を教えてくれたのは、視察に来た王弟や王弟妃を護衛する近衛騎士達だ。

 めきめきと腕を上げて、将来騎士団に入隊しろ、と盛んに言われたが、十歳のバース検査でオメガだとわかると騎士達の視線は哀れみに変わった。


 しかし、訓練をやめることはなかった。

 オメガの身体は筋肉がつきにくいが、俊敏さに長けた俺は長所を活かした戦い方を覚えた。


 十四歳で発情期が来ると孤児院にもいられなくなり、王都で一人暮らしを始めたが、二十歳の時に諦めきれずに騎士団の試験を受けた。

 結果は一次試験で落ちてしまった。


 しかし、なぜかアプト領主所属の護衛になれる推薦状を貰い受け、王都から離れた北部にあるアプト領に移り住んだ。


 そこで出会ったのが、後にルシャードの妃となるマイネだ。

 出産したばかりのマイネに、俺は何かと手を差し伸べ、カスパーを一人で育てる助けをしたのだった。


 当時のマイネは、事情があって、ルシャードから身を隠していた。

 しかし、ルシャードのプロポーズを受けることになり、王宮で暮らすことになったのが、一ヶ月前の話だ。


 そして、俺も、カスパーの護衛として十年ぶりに王都に戻ってきた。

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