第4話 アルファらしくないアルファ

 数日後。

 金ノ宮は鬱蒼とした木々に囲まれ、外からは垣間見ることはできないように工夫されている。

 その金ノ宮の目隠しの役割を担うブナの木の下にドングリが落ちている、と侍従から教えてもらい、早速カスパーと行ってみた。


 カスパーが地面に転がる木の実を夢中で拾っていたら、渡り廊下の近くまで来てしまった。

 王宮内でカスパーが襲われる可能性は低いが、ゼロじゃない。


 どんな対応でもできるように、傍らで見守る。

 しばらくすると、こちらに向かってくる人影があった。


 あれは、ルシャードの弟のオティリオだ。

 オティリオは人間のアルファで、肩の上で銀髪を切り揃えた碧眼の青年。

 ルシャードには劣るものの、一般的に綺麗な容貌をしている。


 マイネと同じ年齢だったはずだから、俺の二歳年下の二十八歳だ。

 金ノ宮とはかなり離れた場所にある銀ノ宮を所有しているが、国王の側近になってから、政務宮の仕事の合間に、ふらっと金ノ宮に寄ることが増えた。

 

 オティリオは近寄ってくる途中で、ぐんぐん歩みが早くなる。


 勢いよく俺の手首を掴んだ。

「ゲリン!お前、発情期じゃないのか?匂いが漏れてる」


 オティリオは、同じ王弟のルシャードとは違い身分差を感じさせず、誰にでも図々しく距離感が近い。


「朝、抑制剤を飲んだので、心配ないはずですが」

 俺は素っ気なく答える。


 今日、目覚めると同時に、三ヶ月に一度の発情期の予兆があり、舌打ちしながら抑制剤を服用した。


 前職が保護病棟もあるオメガ病院だったからか、発情期だから仕事を休むという発想はない。

 オメガにとって職場が一番安全な場所だったし、抑制剤が効きやすい体質のため、少し身体が熱いぐらいで発情期でも不自由ないからだ。

 

「抑制剤を飲んでも、アルファには匂いがわかるんだよ……むやみに、僕に近寄るな」


 近寄って手首を掴んだのは、お前だろうが。

 俺は、深いため息をついた。

 

「大丈夫です。オティリオ殿下なら、襲われても倒す自信がありますから」


 オティリオの手のひらを手首から剥がすと、ぺっと放った。


「なんだと。そもそも、僕がお前を襲うことはない」

「じゃあ、いいじゃないですか」

「そういう問題じゃないよ。アプト領とは違い、王宮にはアルファがうじゃうじゃいるんだからな。今日は、金ノ宮から出るな。僕が送ってやる。カスパー、帰るぞ」

 

 オティリオは、オメガよりもベータが好きだという、アルファらしくないアルファだ。

 婚約者も決めずに、いろいろとお盛んだった時もあったらしいが、片想いを拗らせてからは、遊び回ることもなくなったそうだ。


 その片思いの相手が兄の妃となったマイネだ。

 今でも好きなのかは知らないが。


 小さなドングリをポケットに詰め込んだカスパーは、オティリオと手を繋ぐ。

 カスパーは、オティリオに懐いてた。


 俺は三歩後ろからカスパーとオティリオの会話を聞きながら歩いた。


「ドングリを拾っていたのか?」

「うん。いっぱい」

「金ノ宮の奥の方に行くと松ぼっくりが拾えるよ」

「それも、拾いたい」

「また、今度、教えてあげるよ。今日はもう帰ろ」


「一緒に、サンドイッチ、食べる?お昼、お父さん、作ってるの」

「食べたいけど、僕の分はないんじゃないかな?」

「お父さんの、サンドイッチ、美味しいよ」

「兄上に怒られそうだし……」


 金ノ宮の入り口に着くと、オティリオは再び俺に向き直って、顔を顰める。


「ゲリン、発情期が終わるまでは、外に出るなよ。お前は、外見だけはいいんだから」

「問題ない」

「はぁ?」


 オティリオが呆れ返ったような声を出すと、玄関口からマイネが現れた。

「オティリオ殿下、何を揉めてるんですか?」


 オティリオの表情がわかりやすく、柔和になる。

 俺とマイネに対する態度が兄弟揃って、似ている。

 ルシャードの方が極端ではあるが。


「マイネ、聞いてよ。ゲリン、発情期なんだよ」


「抑制剤は飲んだ?」

 マイネが俺の顔を覗き込んで問いただした。


 オメガとベータには発情期の匂いがわからない。


「飲んだ」

「ゲリンは飲んだから、問題ないって言うんだ」

 オティリオが苦渋の表情をしながら訴え、俺はすかさず反論した。


「ネックガードしてるし、大概の奴なら倒せる」


「ゲリンが強いのはわかってる。でも、もしものことがあったら心配だから、金ノ宮からは出ない方がいい。カスパーもゲリンが怪我したら、いやだよな?」


 マイネが言うと、カスパーは鮮やかな金色の瞳を俺に向け「うん」と頷いた。


 ほらな、とオティリオから無言の圧を感じる。

 王宮での生活は、今までの習慣を改めないといけないらしい。


「わかった。金ノ宮から出なければいいんだな」


 抑制剤さえ飲めば、発情期中のオメガのフェロモンを嗅いでも、大概のアルファなら理性が保てるはずだ。

 反対もしかり。


 現に俺の本能はオティリオのアルファを欲しているが、抑制されて反応は鈍い。

 後孔が疼く、というほどではない。


 孤児院を出て一人暮らしをしていた十四歳の俺が、安価な抑制剤しか買うことができず、悶え苦しんでいた頃に比べたら、快適だ。

 そんなことを思ったからだろうか、俺の初めてのアルファである彼と王宮で再会した一ヶ月前の記憶が蘇った。


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