第5話 再会

「ゲリンか?」

 再会した時、ダイタは俺を見て呟いた。

 忘れられてなかっただけましだと思うしかない。


「あぁ、久しぶりです」


 俺は腹に力を入れて震えそうになる声を誤魔化した。


 十年ぶりに見るダイタは、さらに逞しく成長し、大人の色気を纏い魅力的になっていた。

 聖獣の獣の耳と尻尾。

 特徴的な炎のような赤い髪を短めに整えた姿は、昔のままだ。


 心の奥が、ちくっと痛み、俺はその痛みが思ったほどではなく安堵した。

 もう結婚して子供がいてもおかしくない歳だが、どうだろうか。


 ダイタは漆黒の濡れたような瞳を細めた。俺が好きだった色。


「お前、変わらないな」


 最後に会ったのは二十歳の頃だが、ダイタの目には今と変わらないらしい。

 

「そうでもないです」

「驚いた。まさかゲリンに会えるなんて思ってなかった。アプト領のオメガ病院で護衛してたんだろ?」

「そうです」

「マイネちゃんが生きていたことに驚いたばかりなのに、まさかゲリンとマイネちゃんが知り合いだったとはな。マイネちゃんとはオメガ病院で知り合ったのか?」


 ダイタは王弟妃をマイネちゃんと親しげに呼んだ。 


「はい」

「すごい、偶然があるもんだな。元気にやってたか?今度、ゆっくり聞かせてくれよ」


 ダイタが屈託なく笑った。


 距離感がわからない。馴れ馴れしいと思われたくなかった。


 俺がいた孤児院に支援をしていた王族とは、ダイタの父親のことだ。

 そのため、視察に訪れる父親と共にダイタも孤児院に顔を出すことも多く、五歳違いの俺と親しくなるのに時間はかからなかった。


「ダイタ様に聞かせるようなことは何もなかったです」

「どうした?他人行儀だな。以前は俺に敬語なんて使ってなかっただろ」


 丁寧な言葉使いができなかった孤児の俺に、王族のダイタは直せと言ったことは一度もなかった。


「カスパーの護衛なら近衛騎士と連携することもあるだろ。これからよろしくな」

「はい。よろしくお願いします」

「その制服似合ってる」


 俺は聞こえなかったふりをして、ダイタから離れた。


 何の因果か。

 王宮に行けば、いつかダイタに再会するだろうとは思っていたが、こんなに早くとは予想外だった。


 マイネ達とアプト領から王宮に移った日、王弟の結婚を祝うささやかな宴が金ノ宮の庭園で行われ、近衛騎士の中にダイタがいた。

 ルシャードと従兄弟同士のダイタが、婚姻を祝うのは当然だ。


 遠くの席からダイタの声がする。

 聞くつもりはなかったのだか、ダイタが結婚してないことがわかってしまった。


 複雑だ。もし、結婚していたら、きっぱりさっぱり諦めもついたはずなのに。

 期待をするな、と自身に言い聞かせる。


 ダイタは、俺が発情期を初めて過ごしたアルファだ。

 恋人ではなく、ただ発情期の熱を取り除くだけの相手でしかなかったが。


 十五歳の時、ダイタの腕に縋ってみっともなく抱いてくれ、と言ったのは俺だ。

 当初は、発情期の治療ぐらいにしか考えてなかった。

 しかし、嫌いな相手に頼むわけがない。誰でもいいわけがなかった。


 万が一、うなじを噛まれないようにネックガードをして、妊娠しないようにもしていた。


 発情期の時だけ肌を合わせる関係は三年続き、どうしようもなくダイタに情が湧いてきた頃、あっけなく俺の恋心は粉砕した。


「近々、婚約を発表する」


 その時、ダイタから言われた俺は、言葉に詰まった。


 俺たちは、恋人でもない。

 三年の間に、好きだと言われたこともなければ、言ったこともない。

 それなのに、ダイタとの関係は愚かにもずっと続くと思っていた。


「……誰と?」

「いとこのエリーゼと」

「そうか。おめでとう」


 俺は感情を押し殺して祝いの言葉を送ると、ダイタはさっと目を逸らした。

 悲痛な胸の内を俺が隠しきれていなかったからかもしれない。


「結婚は、まだ先の話なんだ。決まったら教えるよ」


 それから、裏切られたという想いと拒否されたらという恐怖心から、婚約したダイタを避け続け、一年もまともに会わない日が続いた。

 そして、何も言わないまま、アプト領に移住すると決心したのだ。

 

 その後、すぐエリーゼの死去を知るわけだが、もうどうすることもできなかった。


 俺は、アプト領にいた十年間、ずっとダイタに会いたかった。

 いつか、ダイタが会いに来てくれるのではないかと甘い期待なんかもしていた。


 だから、マイネを追ってルシャードが現れた時、心底羨ましかったし、マイネの過去を聞き、勝手に自身と重なり合わせた。


 マイネとルシャードのように、俺とダイタは運命の番でもない。


 結局、本気だったのは、俺だけ。

 ダイタは少しでも俺のことを、思い出したりしてくれただろうか。


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