第39話 ルシャードの溺愛④
金ノ宮に帰ってガゼボを覗くと、まだマイネは気持ちよさそうに寝息を立てていた。
こめかみにキスをしたマイネが、金ノ宮に戻ると消えていなくなったのは四年半前だ。
もう二度と同じことはないと理解していても、マイネの姿を確認すると安堵した。
頭を撫でると、目を覚ましたマイネがルシャードの腕をそっと掴む。
しまった。起こすつもりはなかったのだが。
「ルシャード様」
目覚めたばかりのマイネは、上半身を起こすと、ルシャードの胸の中に収まり、ふふっと笑った。
「マイネ」
マイネの顔を上げさせ、キスを交わす。
なんとも甘酸っぱい気配に胸の中がくすぐったく、ルシャードも笑いが漏れる。
「もう陛下とのお話は終わりましたか?」
「あぁ、終わった。マイネが王都を去ると決めたのは、オティリオが原因だったのだな。オティリオから打ち明けられた。言ってくれればよかったのに」
マイネと触れ合っていると、先ほどまでの負の感情が霧散していくようだ。
「あぁ…逃げたのは俺が決めたことですから。それに二人の仲が悪くなったりするのも嫌ですし。でもオティリオ様のことは許したわけじゃないですよ」
マイネが背中を向けると、ルシャードは後ろから抱きしめ、うなじの噛み跡に唇を寄せた。
「マイネはオティリオの言葉を疑わなかったのか?」
ルシャードを不誠実な男だと信じてしまうほど、オティリオを信用していたのだろうか。
「えっ、疑うっていうのか…執務室に行ったら、ミラ様からルシャード様が王女殿下を迎えに行っていると聞きました。あと婚姻の儀の書状を見つけたんです。確か、ルシャード様の署名もあった記憶がありますが、あれはエリーゼ様用だったんですか?」
マイネの首筋の匂いを嗅いでいたルシャードが顔を上げる。
「あの時の書状を見たのか?あれは俺の婚姻の儀のために取り寄せた。マイネと結婚するつもりだったから」
「え!俺と!うわぁ、考えもしなかったです」
マイネが頭を抱え、身悶えた。
「発情期で記憶が曖昧だったと言っていたな……俺は、マイネから好きだと言われて、舞い上がっていたのだ」
初めてマイネを抱いた日のことが蘇る。
発情期のマイネを金ノ宮のベットに運び、ルシャードは急いでアルファ用の抑制剤を飲んだ。
マイネにも常備していたオメガ用の抑制剤を飲むよう促したにもかかわらず、泣くばかりだった。
そんな泣き顔を見て、ルシャードは我慢できずに唇を奪い、オメガの本能に逆らえないマイネを抱いてしまった。
せめて、好きだと伝えなければ。
すると、マイネから「俺も」と返事があったのだ。
繰り返し好きだと告げると、マイネも好きだと繰り返した。
無理やり身体を繋げてしまったかと、後悔していたルシャードは、マイネの告白が嬉しくてたまらなかった。
こんなにも、マイネの言葉や表情に掻き乱されとは、今までのルシャードからは考えられなかった。
「俺、言ってましたか?」
「うん。何度も……マイネはいつ俺を好きになった?」
マイネの形のよい双丘が下腹部に当たり、むらっと欲求が生まれる。
ルシャードは呪文を唱えるように、自身に言い聞かせる。
「えーと…俺、ルシャード様と初めて会った時、美しさに驚きました。でも、怖いぐらい緊張するだけで、好きになるなんておこがましいって感じでした」
マイネと初めて会ったのは政務宮の王族専用テラスだった。
昼食の場所に覚えのない顔がいた。
あちこちに飛び跳ねた鳶色の髪に菫色の瞳で、笑ったように口角が上がった男だった。
一瞬で心を奪われた。
「ルシャード様が、俺に話しかけてくださるようになって、笑いかけてくださるようになって、いつの間にか好きになってしまったんです。ガッタに極秘訪問された日がありましたよね。あの時、婚約者がいると誤解したのと同時に、ルシャード様を好きだと自覚しました」
思い出す。
確か、マイネが妊娠中なのではないかとハンに言われた頃だ。
マイネの様子がおかしかった記憶がある。
ルシャードに婚約者がいると知って、気落ちしていたのか。
「そうか。俺は最初に会った時から好きだと思っていた」
オティリオは自分の方が早く好きになったと言ったが間違いだ、とルシャードは確信している。
ルシャードは認めたくないが、初日に惚れていた。
「それは嘘ですよ。最初に会った時って、わかってますか?ランチをご一緒しましたが、俺のこと完全に無視してましたよ?」
マイネは抗議するかのような瞳を向ける。
「無視はしてない。ちゃんと頷いたし目も合った。マイネは食事に夢中で俺が見ていることに気づいてなかっただろ」
あの日、瞬時にオメガだとわかり不審感も募ったが、可愛いなと思ったことにひどく動揺していた。
その後、ハンに調べさせると、やはりマイネはオメガだった。
しかし、ルシャード以外、誰もオメガだと疑っていないことが不思議だった。
マイネの甘い匂いはルシャードだけが認識できるのだとわかり、匂いだけではなくマイネのすべてを独占したいと執着した。
「オティリオと仲が良さそうな様子に嫉妬もした。図書室で会っていると聞いたから、執務室に本を置いて二人が会わないようにしたし、二人が王都に遊びに行くと聞けば、邪魔もした」
ルシャードはマイネを抱きしめる腕に力が入った。
尻尾がマイネの腰に巻きつき、ゆらゆらと揺れる。
マイネが頬を染めた。
「嬉しくて、どきどきします。それに恥ずかしい」
「俺も一緒だ」
どんなに溺愛していても、態度と言葉で伝えなければマイネに誤解されてしまうと、痛いほどわかった。
「マイネは、俺のことを酷い男だと思っただろうな。嫌いにならなかったのか?」
「ずっと好きでした」
「マイネ」
ルシャードが甘く囁き、マイネの唇に唇を寄せる。
唇が離れると、額と額を合わせた。
愛おしい。
好きと言われると、胸の奥に幸せという名の光がほのかに輝き明るく暖かく、ルシャードを照らす。
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