第38話 ルシャードの溺愛③

 午後になり、ガゼボでうたた寝をするマイネを眺めながら過ごしていると、ディアーク王の使者から至急の召集を受けた。

 休暇中のルシャードでも、さすがに王命では従うしかない。

 

 マイネがうっすらと目を開ける。

「おでかけですか?」


「兄上に呼ばれてしまった」


 ルシャードがマイネのこめかみに唇を落とすと、くすぐったそうな表情で笑い再び目を閉じた。

 立ち上がり、ガゼボから離れる。


 王の住まいである聖ノ宮は、王宮の中心に位置し、金ノ宮の五倍ほどの敷地面積がある。

 貴重な王家の秘蔵図書館や宝物庫が眠っている。


 産まれてから十八歳までの間、父と母と兄弟とともに聖ノ宮で暮らしていたが、成人した年に金ノ宮を貰い受けた。

 近衛騎士によって二十四時間守られている大きな堅強な正門を抜け正面玄関に向かうと、幼い頃から世話になった家令が待っていた。


 家令から結婚の祝いの言葉をかけられたが、ルシャードは気恥ずかしさから無表情で頷くだけだ。


 案内された部屋は、奥まった評議室だった。

 中央にある正方形のローテーブルの周りを、四つのソファが囲っている。


 部屋に入ると、ディアークだけではなく、オティリオの姿もあり、少し驚く。


「ルシャード、休暇に呼び出してすまない。ちょっと早めに解決しておきたくてな」

 兄のディアークは、温和そうな外見に似合わず非道な決断も涼しい顔でやってのける面を隠し持っている。


 ルシャードはオティリオを一瞥し、二人の間のソファに腰を沈めた。

「そうですか。俺からも伝えたいことがあるので、こちらの報告を先にしてもよろしいですか?」


「なんだい?」


「マイネと番になりましたことを御報告致します」

 ルシャードが告げると、ディアークが訝しげな表情をする。


 発情期にならないと番にはなれない。

 しかし、昨日のマイネから発情期の匂いはしていなかったはずだ、とアルファであるディアークは思っているだろう。

 

「おぉ、おめでとう。祝いに何か贈ろう」

「ありがとうございます」


 黙って聞いていたオティリオが何かに耐えるように目を閉じた。


「それで、兄上は何用ですか?」


「今さっきオティリオから俺も聞いたばかりなんだが、四年半前のマイネのことなんだ」


 ディアークに促されて、ようやくオティリオがルシャードと目を合わせる。


「兄上は四年半前にマイネがいなくなった理由を聞いてる?」

 オティリオの問いにルシャードは答えた。


「姉上を婚約者だと誤解したからだと聞いているが」

「僕のことは言ってなかった?」

「いや…もしかしてマイネが誤解してたことを知っていたのか?」


「うん。僕は知ってた。というか僕しか知らなかったはずだ。だから兄上のマーキングがべったりとくっついたマイネに、兄上の婚約者が明日王宮を訪問すると嘘を吐いた。何も知らされてないマイネなんか兄上に発情期の一度きりとしか考えてもらえてないって、ひどいこと言った」


 ルシャードはオティリオの言葉に呆然とする。

「何で…マイネが悲しむようなことを」


 オティリオが立ち上がり、その拍子に椅子が倒れる。

「そんな卑怯な嘘を吐くぐらい、僕だってマイネを好きだったって話だよ」


 ディアークが諌めた。

「オティリオ、謝るんじゃなかったのか?」


「兄上には、やっぱり謝りたくない!俺は、マイネにはすまないことをしたと、本当に思ってる。マイネにだったら、何度でも謝る」


 オティリオの胸倉を、ルシャードは掴んで引っ張った。


 夜を過ごしたばかりのルシャードが婚約者を迎えに行ったと伝えられて、発情期後の不安定なマイネが、どんなに心を痛めたか。

 そんな碌でもない男だとマイネに思われたのかと考えると、鳥肌が立った。


 苦しそうな表情をしているにもかかわらず、オティリオはしゃべり続ける。


「番になれたのは、発情期の時に一緒にいたのが兄上だっただけだ。俺と一緒だったら、状況は違っていたかもしれない」


 そんな想像したくもない。

 激昂したルシャードとオティリオがもつれあうが、力でルシャードが負けるわけがない。

 

「違ってたまるか。俺とマイネは何があっても番になっていたはずだ」

 

 突き飛ばしたオティリオがよろけて膝を突いた。

 強く握った拳で殴りたいところだが、呼吸を整え衝動を堪える。


「僕の方が先に好きになったのに、後から兄上が邪魔をした。五年前、マイネが言ってたよ、自己紹介したのに兄上に無視されたって。くそっ。それを慰めたのは俺なのに…それなのによりによって、なんでマイネなんだよ」


 オティリオが怨みの響きを含ませて呟く。


 ディアークがため息混じりに叱責した。

「はぁ、全然解決してないだろうが。話し合いの場を設けてやったというのに。ルシャードも殴ったら傷害で罰するぞ」


 オティリオは立ち上がり胸元を整えると、ルシャードに背中を向けた。

「時間をとっていただきありがとうございます。話は終わりましたので、失礼いたします」

 

 お互い顔を合わせて、冷静ではいられなさそうだ。

 深いお辞儀をして退出するオティリオを止めはしなかった。


 ディアークは深いため息を吐く。


「ルシャードは頭を冷やしてから帰れ。そんな厳しい顔をするな」

 

 ソファに座り直したルシャードにディアークが躊躇いがちに言った。

「ルシャードには謝りたくないというオティリオの気持ちは、わからなくもない」


「どうしてですか!オティリオさえ嘘を吐かなければ、俺とマイネは四年半前に結婚ができていたはずだし、カスパーだって」


「わかってる。わかってるから、声を荒げるな。でも、オティリオも四年半、苦しんだはずだ。マイネを死なせてしまったと思っていたのだから。オティリオが後を追うんじゃないかと警戒されていたことはルシャードだって知ってるだろ?」

「…はい」


「だから、許せとは言わないが、オティリオはもう罰を受けていると俺は思う。それにマイネが結婚したことを、オティリオは喜んでたんだぞ」


 ルシャードは猜疑のこもった目を向ける。

「喜んでいるようには見えませんでしたが」


「マイネとカスパーに幸せになってほしいって言っていたよ。本心から言っているように見えた」


 オティリオに言われなくても、幸せにすると誓った。

 ルシャードは腰を上げる。

 

「マイネに会いたくなったので帰ります。失礼致します」


 呆気にとられた様子のディアーク王を残して、ルシャードは金ノ宮に急いで帰った。


 マイネに会いたい。

 まだ、寝ているだろうか。

 

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