第36話 ルシャードの溺愛①

 ルシャードが苦手とするものに恋愛があった。

 恋愛など愚かで無意味な感情だと思っていたのだ。


 容姿の優れた第二王子は、男女問わずオメガだけではなくベータやアルファからも好意を寄せられ続けた結果、それに比例するかのように、心は冷めていくばかりだった。


 目に見えない物を信じない現実主義のルシャードは、ありもしない物を信じる馬鹿ばかりだと思っていた。


 十五歳を過ぎた頃には、すでにルシャードの恋愛嫌いは完成した。

 だから、結婚もしなければ、父親になることもないだろうと楽観していたのだった。


 ルシャードは子供という存在も苦手だった。


 二十五歳を過ぎると、周りも諦め始めた。

 オメガの茶会など、時間の無駄でしかなかったのだ。


 王子として閨教育も仕方なく受け、騎士団で娼館に行くこともあったが、生理現象でしかない。

 運動したら、汗をかくのと一緒だ。

 

 それなのに、マイネと出会い必然のように恋をして、父親にもなってしまった。






 ルシャードはマイネの寝顔をじっと眺めていた。

 番になると約束した日から、準備に忙しくあまり寝られなかったが、隣で眠るマイネから目を離せなかった。


 昨日、婚姻の儀を済ませた。

 婚姻の儀が行わなければ、番にもなれないしカスパーの父親にもなれないのだから、急ぐに越したことはない。


 ディアーク王と大神官の二人さえ揃えば、執り行うのは可能だった。


 ルシャードがマイネと番になると決めたのは、四年半前、マイネの寝顔を最初に見た時だ。

 それなのに、マイネは姿を消してしまい、夢の中でしかマイネに会うことができなかった。


 何度もマイネの夢を見た。

 目が覚めると、マイネがいない一人きりのベットに寂しさが溢れ、しばらく微動だにできない朝が続いた。


 しかし、マイネを発見したと一報が入ったのは、そんな朝だった。

 その日、ルシャードは、すべての予定を変更すると、アプトまで飛んだのだ。


 森の中でマイネを見つけ助け出したルシャードは、手で触れ、幻ではないことを確かめずにはいられなかった。

 そのまま、王宮に連れ帰らなかったのは、ある意味混乱していたからだ。

 冷静な判断ができていれば、マイネから再び離れることはできなかったはずだった。


 ルシャードは、寝入っているマイネの腹部の手術跡を指でなぞった。

 カスパーを出産した時の帝王切開の跡だ。


 マイネが出産したと聞いた時は驚いた。

 父親になっていたのだ。知らないうちに。


 まだ、父親になった実感はないが、カスパーを大切にしたいという気持ちは芽生えている。

 カスパーは、ルシャードによく似た容姿だ。


 実際、カスパーが獣人だったことと、黄金を受け継いだ容姿でなかったら、実子にすることはできなかったかもしれない。

 頭の硬い前王でもある父に「ルシャードの子だと証明できるのか」と横槍が入ったからだ。


 しかし、カスパーが王宮に到着すると前王は黙った。

 黄金の聖獣はルシャードただ一人しかいないからだ。

 

 マイネの瞼が震えたため、ルシャードは咄嗟に目を閉じ寝たふりをする。

 マイネが動く気配があり視線を感じた。


「惹かれ合う運命の番」

 マイネの囁き声がすると、ルシャードはマイネを胸の中に閉じ込めた。


「マイネは俺の運命の番だ」

 マイネの耳朶を甘噛みした。


 獣の耳を持つルシャードにとって、マイネの耳は丸くて小さくて可愛い。

 触りたいし、噛みたい。

  

「俺も同じこと考えてました。ルシャード様は運命の番なんじゃないかって。何があっても、結ばれる運命だったんです」


 可愛い。

 マイネの表情はわかりやすく嬉しさを表現する。


 ルシャードはマイネのうなじに触れた。

 そこには番のあかしとなる噛み跡がついている。


「跡ついてますか?」

「あぁ」

 ルシャードが印を指でなぞった。


「生涯、番はマイネだけだ。出会った頃から、ずっと好きだ」

 マイネの滑らかな頬を指先でゆっくりと触れる。


 ルシャードはマイネに出会うまで、人を好きになったことがなかった。

 初めての恋だ。


 その手を握りしめられた。

「俺もずっと好き。ルシャード様と番になれて本当に嬉しい」

 

「俺もだ」


 毛布の中で、ルシャードの長い尻尾が無意識にマイネの腰に巻きついた。

 マイネの額に唇を寄せる。


「マイネ。起きれそうか?そろそろ朝食の時間だが」


 無理をさせてしまった。


 上半身を起こしたマイネが腰を押さえた。

「うぅ……ちょっと、痛いかもしれません。でもカスパーが待ってるから」


「じゃあ、俺の部屋に食事を運んでもらって食べようか?カスパーも連れてきてもらおう」


 ルシャードとマイネの部屋は寝室で繋がっている。


「はい。お願いします」

 マイネが答えると、ルシャードが頷く。

 

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