第21話 ハンの願い①

 秘書官ハンは新しい事務官を気に入っていた。

 仕事も丁寧で無駄がない。


 まだ二十三歳と若いが、穏やかな空気を纏った男で、どこにでもいる平凡な容姿をしているのに、どこか目を引くところがある。


 二人だけで部屋にいることが多いため、性格が合わないと気づまりを感じてしまうが、マイネとは良い関係が築けていた。


 マイネが事務官になって三日目。

 ルシャードから「マイネを調べろ」と言われた時に抵抗を感じるほどには、すでに親しくなっていた。


 仕方ないなと嘆息して、マイネの生まれ育った町に向かったのだ。

 家族や友人に会うと、それとなく情報を得る。

 すると意外なことがわかってしまった。


 急いで政務宮に戻り、マイネが帰ったのを確認すると、ルシャードの執務室に報告に行った。

 夕暮れ時、窓の外は暗い。


「マイネはオメガでした」

 ハンは淡々と告げる。


「やはり、そうか」

 アルファのルシャードから確信していたような返事が返ってきた。


 ルシャードの秘書官になって十年目だが、今だに何を考えているのかわからないことがある。


「どうも、王宮のオメガリストに乗ってないようなんです。だから、ベータで申請してもバレなかったんでしょうね」

「オメガリストに乗らないオメガがいるのか?」


「はい。漏れも考えられますが、私の予想では、異常のあるオメガは削除される可能性があります」


 異常とは、つまり妊娠できないオメガのことだ。

 故郷でもマイネは妊娠できないという噂が聞こえた。


「ふーん。それなら、俺にだけ匂いがわかるのはどうしてだと思う?」


 ハンは、瞬きをする。

 確かにルシャード以外のアルファからは、マイネの性に疑問があるような反応は皆無だった。


 なるほど。大問題だ。


「答えるなら運命ですね」

「馬鹿馬鹿しい。運命の番だと言うのか?」


 ルシャードは鼻で笑った。

 しかし、ハンの返事をルシャードは予想していたはずだ。


 見た目がよいのに、冷淡すぎる第二王子は恋愛に向いてない。

 人の心がないのかと誰もが諦めていた。


「匂いがするんですか?」

「すっきりとした甘い匂いだ」

 ルシャードが口元に笑みを溢した。


 ハンがオメガの甘い匂いを感じたことがない。

 ベータはオメガのフェロモンがわからないからだ。


 番という言葉もベータには存在しない。

 そして、アルファとオメガの間で神話のように語り継がれる運命の番。


「どうするんですか?解雇するんですか?」

「オメガだからって制限されるのはおかしな話だ…採用してしまったものを、すぐに解雇はできない」


 ハンは、ほっと安心した。


 その後、マイネを見るルシャードの視線が徐々に熱を帯びていき、ハンは間違ってなかったと考え始める。


 マイネはルシャードの運命の番に違いない。






「明日、オティリオ殿下がマイネと二人で王都に行かれるそうですよ。近衛の護衛を申請されました」

 ハンはルシャードに伝えた。


 ルシャードが不機嫌そうに目を細める。

「どうしてマイネと一緒なんだ?」


「なんでも美味しいケーキが食べられる店があるそうです。マイネを誘ってました」


「明日……俺の予定はどうなってる?」

「明日は、第二騎士団との合同練習とその後の第二の団長との会食があります」


 ルシャードがどうするか、なんとなく予想がつく。


「どっちも不参加でも問題なさそうだな。オティリオの護衛は俺が行く。空から護衛してやる」


 空からとは聖獣になってということだ。

 護衛してやるではなく邪魔をしてやるの間違いだろうに。


 その日、ルシャードは何食わぬ顔をして戻ってきたが、それ以来、ルシャードとマイネの距離は明らかに縮まったように見える。

 ルシャードに対するマイネの緊張も解けたようだった。


 マイネに笑いかけるルシャード。

 そんな表情もできるのかと二度見してしまった。


 ハンだけではない。皆が驚いている。

 気づかないのはマイネだけだ。


 マイネもルシャードを運命だと感じているのだろうか。

 そうだと良いのだが。

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