第22話 ハンの願い②
マイネが王宮に来てから四ヶ月が過ぎた。
オメガは三ヶ月に一度、発情期があり、当然、発情期になればマイネは仕事を休むだろうと考えていた。
しかし、一度も休むことがない。
ハンは何気なく、ルシャードに確認する。
「抑制剤を飲んでも発情期かどうかはわかりますよね?」
「わかるはずだ」
ルシャードも同じ疑問を感じていたようだ。
「なんだか元気がなさそうなのも気になります。もしかして、妊娠してるから発情期がこないってことは考えられませんか?」
その時、ルシャードの手の中で、ペンが真っ二つに折れた。
「殿下!そのペン高かったんですよ!」
「お前が変なことを言うからだ」
ルシャードが顔を上げ、替えのペンを引き出しから取り出す。
「だって可能性はゼロじゃないですよね?」
「オメガリストに載ってないから妊娠できないって仮説はどこにいった」
「そうでした。でも発情期がこない理由にはなりますよ。オメガの妊娠ってわかりにくいって言うし」
ハンは考え込んだ。
「もし妊娠してるとしたら、採用される前だろ。マイネを調べた時、それらしい奴がいたのか?」
ルシャードがハンを睨む。怖い。
「いませんでした」
「この話はもう終わりだ。それより、金ノ宮にマイネを誘って会食を開こうと思っている。お前も来い。マイネが好きな料理をリストアップしといてくれ」
「早急に進めましょう」
マイネは好きな物を食べると美味しそうに笑う。
あの笑顔はハンも好きだ。
窓の外は雨が降っている。
執務室の窓の前で、背中を向け立ち竦むルシャードがいた。
ルシャードの覇気のない背中に、ハンは遠慮がちに訊いた。
「寄宿舎のマイネの部屋は片付けてもよろしいですか?」
行方不明のマイネが、ムレ川に落ちて流されたという情報が入ったのは四日前だ。
遺体は上がってないが、流れが急で海にまでつながっているムレ川は落ちたら最後だと言われている。
振り返ったルシャードは、無表情で言った。
「マイネは生きてる」
ハンも生きていると信じたい。
「そう信じたい気持ちはわかりますが」
「お前が、運命だと言ったんだ。運命の番なら生死がわかるはずだ。その俺が生きてると言ってんだ!マイネの部屋にある荷物はすべて金ノ宮に運んでくれ」
窓に当たった雨粒が次から次へと流れて落ち、ルシャードの心が泣いているかのようだった。
ハンは、かすみそうになる視界に堪える。
「わかりました」
「オティリオが拉致してる可能性はないのか?」
「ないですね。オティリオ殿下も憔悴しきってます。自分のせいでマイネが自殺したと言ってます。後を追うのではないかとティノが警戒するほどです」
「自殺だと?」
マイネは発情期が終わった日に、金ノ宮を抜け出し行方不明になった。
王都の南を横断するムレ川にどうして行ったのかはわかっていないが、目撃証言によるとマイネは足を滑らせ誤ってムレ川に落ちたらしい。
そこには、マイネの片方だけの靴が残っていた。
マイネが最後に会った人物はオティリオだ。
無断で金ノ宮に入り込んだようで、クレアが庭園にいるを目撃している。
そのオティリオが自殺だと言うなら、何か心当たりがあるはずだが、泣くばかりで話にならなかった。
マイネの行方不明を知ったルシャードも、天国から地獄を味わったような有様で、目を背けたくなったほどだ。
ルシャードは気丈に振る舞おうとしているが、マイネがいない喪失感がひしひしと伝わってくる。
「マイネを探せ」
ルシャードに命じられた。
マイネを探している間は悲しみから救われるならば、ルシャードの望む通りにしてみようか、とハンは思う。
「他の誰かに拐かされて王都を離れたかもしれません。名前も変えていたら、何年かかるかわかりませんよ」
「何年かけても探し出す」
「わかりました。ベータとして暮らしてるかもしれないので時間がかかるかと思いますが」
マイネが政務宮にいたのは、五ヶ月と短い期間だ。
そこから、その何倍も月日が流れた。
三年後、国王が退位し第一王子のディアークが即位すると、ルシャードは王弟となり近衛騎士団長をダイタに譲る。
その間、ルシャードが新しい事務官を雇うことはなかった。
マイネがいたという目撃情報は何度かあったが、すべて落胆する結果に終わった。
その頃から、ルシャードは視察という名目で王国全土を回り、自らマイネを探すようになった。
その姿にハンも信じるようになってきた。
マイネは、どこかで生きていると。
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