第17話 二人だけの時間

「素敵な客間ですね」

「外の眺めもいいのですよ」

 クリアが窓を開けると、眼下に庭園が広がっている。


「あちらの庭園にガゼボもありますが、こちらの部屋でお休みになりますか?」


 クリアがあちらと指した先には、庭園にレースのような細かい装飾が施された真っ白い屋根があった。


「ガゼボも見たい」

「では庭園に降りましょうか」


 グランドカバーが広がる庭園の中に豪華なガゼボがあった。

 六本の柱に支えられた六角推の屋根の下に、寝そべってくつろげるような大きな長椅子とローテーブルがある。


「ここにいていいですか?」

 マイネは真っ白なガゼボの柱を触りながら訊いた。


「もちろんです。殿下にお伝えいたします」


 案内してくれたクリアが下がると、マイネは長椅子に座り辺りを見渡す。

 誰の姿もない。


 長椅子はベッドのように大きく寝心地が良さそうだ。

 行儀が悪いかと思ったが、足を伸ばして瞼を閉じた。


 マイネは微睡んだ。風が前髪を撫でる。意識が遠のく。

 どれぐらい寝ていたのだろう。

 温かい体温に包まれて、目を覚ました。


 長椅子で寝るマイネの隣に、金の聖獣が瞼を閉じて眠りについていた。

 まだ夢の中なのだろうか。


 マイネは聖獣に手を伸ばした。

 美しい金の毛は、細く繊細な手触りだった。


 頭髪は人型のルシャードとあまり変わりがないようにも見える。

 黄金の毛で覆われているが、獣型になっても美しい顔は損なわれていなかった。


 背に翼がある。 

 濡れたように艶やかな羽根も金色だ。


 マイネは瞬きを繰り返した。

 起き上がり、長椅子に座り直す。


 夢じゃないようだ。

 

 ルシャードが着用している立襟の白シャツは、よく見ると、翼が出現しても服が破れないような工夫が背中に施されていた。


 長椅子は二人で寝るには狭く、動くと触れてしまうほどの距離にルシャードがいた。


 聖獣の目がうっすらと開き、金色の瞳がマイネを捕らえると、人型に変化する。

 翼が背中に吸い込まれるように消えた。


「俺も、つられて寝てしまったようだ」

 ルシャードが、無防備な色香を醸し出す。

 

 なぜか、マイネの隣でルシャードが寝ていた。ありえない状況だ。

 爽やかな清涼としたルシャードのフェロモンの匂いが鼻腔をくすぐると、マイネの鼓動が跳ねる。


「……聖獣に変化してましたが」

「あぁ、寝てる間に無意識に変化してしまうことがある。マイネが寝ながら俺の服を掴んで離してくれなかったのと一緒だ」


 ルシャードは伸びをして、上半身を起こす。

 眠りから覚めた時、何かを掴んでいたよいな感覚はなかったが。


「何言ってるんですか……嘘ですよね」

 マイネは慌てる。


「嘘じゃない。嬉しく思った」

 

 ルシャードの背後でふさふさの尻尾が長椅子の座面を叩き、マイネは頬を染めながら座り直した。


 ローテーブルに用意してあったグラスをルシャードが手に取り、マイネに渡す。


「ありがとうございます」

 喉が渇いていた。


 マイネがグラスに口をつけて飲む様子を、ルシャードがじっと見る。

 目が合うと、珍しくルシャードは気まずそうにそらした。


「ここは気持ちがよくて、すぐにぐっすり寝てしまいました」

 マイネは言い訳をするように口をつく。


 ルシャードの手がマイネの頭を撫でた。


「あっすまない。髪に寝癖があったから。まだ寝たりないなら寝ててもいいが、少し一緒に庭を見て回らないか」


 マイネの心臓が恥ずかしさと嬉しさで走り出す。

 

「ルシャード殿下は、変わられましたね」

 マイネが五ヶ月前にルシャードと初めて会った時の態度とまるで違っていた。


「そうか?」と、ルシャードは目を細めて愛おしそうに笑う。


 そんなふうに笑う人ではなかった。

 結婚が近いことが、ルシャードに良い影響を与えているのだろうかとマイネは思った。


 不意にマイネは悲しくなる。


「どうした?」

 ルシャードがマイネの表情の変化に首を傾げた。


「いいえ。庭に行きましょうか」


 ルシャードとマイネは庭を歩き回り、午後を過ごした。

 何度かルシャードに隣国の王女について問いかけてみようかと思ったが、せっかくの二人だけの時間を壊してしまうようで、マイネは口に出すことができなかった。

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