第16話 叶わぬ恋
マイネは自身の恋心と同時に、ルシャードには公にできない婚約者がいることを知った。
ミラとハンの会話から推測すると、国王であるルシャードの父が許しを出さなかったことが公表できなかった原因のようだ。
しかし、結婚してしまうらしい。
そう聞いた時は、オティリオの前で涙を流すほど動揺し、しばらくルシャードから逃げるように避けてしまったマイネだったが、時間が経過するうちに心は凪いでいった。
そもそもマイネの恋心は叶うはずがないのだから。
ルシャードだけではない。
発情期がこないオメガなど、一生一人で過ごすに違いない。
マイネは悲観的になっていた。
マイネがルシャードを好きだと認識しても、何ら変わらず事務官の時間は何事もなく過ぎていく。
今もなお、ルシャードの婚約者は公表されないままだ。
ルシャードが極秘のガッタ訪問をした時から、二十日以上が経ったある日、午前の業務が終わると、ハンと一緒に金ノ宮に向かった。
金ノ宮で会食に招待されたからだ。
ルシャードが招待したのはマイネとハンとダイタの三名だった。
午後からの仕事はすべてなくなり、ハンは両手を上げて喜んでいた。
金ノ宮は左奥に位置し、政務宮と長い長い渡り廊下で繋がっている。
玄関口に回り込む。
大きな両扉が左右に開くと、玄関ホールが現れ、吹き抜けになった天井からシャンデリアの輝きが大理石の床に降り注いでいた。
王族の住まいに気後れするマイネは、家令と名乗る初老の男に案内されるまま進み、整えられた広いパティオに出た。
タイル貼りの広大な中庭には、中央を横断する人工の小川が流れている。
長方形のテーブルと一人用のソファが四つセットされており、マイネはハンの隣に腰をおろす。
風も日差しも弱く、外での会食に快適な日だ。
なんとも贅沢な空間だった。
しばらくするとダイタとルシャードも現れ、目に鮮やかな料理が運ばれテーブルを埋めた。
偶然にもマイネが好きな食材ばかりだ。
「最近、元気なかったけど、風邪でもひいてた?」
斜め向いに座るダイタに話しかけられる。
「まったく、全然、元気ですよ」
冷製スープを掬いながらマイネは答えた。
ルシャードが手を止め、正面のマイネと目を合わせる。
「体の調子が悪いわけではないのか?」
「ルシャード殿下もすごく心配してたんだよ」
ハンがそう言うとルシャードが咳払いをして諌めた。
マイネが塞ぎ込んでいたのは、ルシャードの結婚のせいだ。
この場では言えない理由だった。
「いつも通りですよ」
マイネが笑顔を見せると、ルシャードが安心したように微笑した。
マイネの胸の奥が痛みを覚える。
「食事が終わったら金ノ宮を案内するから、今日はここでくつろぐといい」
ルシャードの声音は優しく響いた。
「はい」と返事をして、鶏肉を咀嚼する。
「美味しいか?」
「はい。偶然にも私の好きなものばかりで、すごく嬉しいです」
ダイタが苦笑した。
「マイネちゃんは、ちょっと鈍感なとこがいいよね」
「急に悪口ですか?」
「違うって。褒めてるの。なんか近衛の癒しみたいになってるよ。マイネちゃんが訓練場に来ると、騎士団の殺伐とした空気を和ませてくれるんだ」
「気のせいじゃないですか?」
首を捻りたくなる。
「いやいやいや。だって、厳しい殿下を懐柔してんだからさ。自覚しなって」
ハンが反論した。
厳しい殿下とは目の前の黄金の人のことだろうか。
ルシャードは否定もしないし肯定もしない。
「そういえば幼馴染みにも鈍感って言われたことがあります」
ルシャードが獣の耳がぴくっと動かし、眉根を寄せた。
「今でも連絡を取ってるのか?」
「いいえ。幼馴染みが結婚したのと同時期に事務官の採用が決まったので、別れの挨拶もしないで来てしまいました」
今なら、幼馴染みを好きだった気持ちは、友情に近かったとわかる。
ルシャードを好きな感情とは違った。
ルシャードを目の前にした時の、甘く切ない胸の痛みは経験したことがなかった。
メイン料理が終わると、デザート皿が運ばれる。
小さめにカットされた三種のケーキと甘いフルーツが乗っていた。
口の中に甘い味が広がり、頬が緩む。
食後の紅茶も飲み終わると、ダイタは騎士団の鍛錬に戻った。
「私は、しばらくここにいます」
何度も金ノ宮を訪問したことがあるハンは、パティオで過ごすと決めたらしい。
金ノ宮を案内してもらうマイネは、ルシャードに背中に優しく手を添えられて、室内に誘われる。
近くにいた若い男の侍従を紹介された。
「侍従のクリアだ。クリア、マイネを案内してくれ」
「かしこまりました」
「マイネ、好きな場所でくつろいでていいからな。また後で会おう」
ルシャードはパティオに戻るようだ。
「はい。ありがとうございます」
クリアの案内で広い客間に入る。
続きの部屋にはベッドも浴室もあるらしい。
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