第13話 輝く金色の聖獣

 五日後。

 食堂で昼食を済ませたマイネが、ハンと並んで歩いていると、オティリオが駆け寄ってきた。


「マイネ!どうして図書室に来なくなったの?」


 剣術大会が終わってからの五日間、マイネは一度も図書室に行ってなかった。


「ルシャード殿下から本を借りてるから、図書室に行く必要がなくなったんです」


 執務室の本棚は騎士団の本だけでなく、今では歴史や礼儀に関する本も並んでいる。

 事務官に必要とされる知識ばかりだ。


「僕、待ってたんだよ。話があるから、これから執務室行ってもいい?」


 ハンが「どうぞ」と答え、執務室に戻ると、前室にオティリオを通した。

 紅茶を用意してソファーに座る。


「マイネは休日は何してるの?王都に出たりしてる?」

 楽しげにオティリオが問いかける。


「いいえ。オティリオ殿下は王都によく行かれるんですか?」

「一ヶ月に一度、視察に行ってるよ。美味しいケーキの店があるんだよ。食べたくない?」


「……食べたいです」

「決まりだ。明日は休みだよね。連れて行ってあげるよ」


 言葉がでないマイネの代わりにハンが言った。

「オティリオ殿下は休日のマイネを友人として誘っているのですか?」


 オティリオは目を細めて笑う。

「そうだよ。マイネと行きたいの」


 マイネとハンは顔を見合わせた。

 オティリオはマイネの返事を待っている。


 どうせ寄宿舎の一人部屋で寝て過ごすだけだ。


「私でよければ」

 マイネは承諾した。


 オティリオが「やった」と言う小さな声が聞こえる。


 手のひらで額を隠し、俯くハンは嘆息した。

「では、明日、近衛の護衛を手配します」


「小さい頃から姉上と一緒に行ったりした店でね。きっとマイネも気にいるよ」


 オティリオの姉上とは十年前まで存命だったエリーゼのことだろう。

 国境の視察中に川の氾濫により二十二歳の若さで命を落とした王女だ。


「エリーゼ殿下も甘いものがお好きでしたね」とハンが言った。


「うん。きっと姉上がいたら、マイネと気が合っただろうね」

 オティリオは寂しそうに笑った。






 翌日。

 約束の時間になると、第三王子の銀ノ宮を訪問した。


 王宮の右奥に位置する銀ノ宮の正面は、花に囲まれた庭園が広がり、それを抜けるとアーチを描いた立派な白亜の建造物が現れる。

 王宮内には、王族の住まいとして、このような宮がいくつも存在する。

 

 そこに獣人車を引くヨシカがすでに待機していた。


「ヨシカさんが護衛?」

 マイネが声をかける。


「うん。俺だけじゃないんだけどね」

 ヨシカの視線が戸惑いながら上を向いた。


 他にもいるようだが姿はない。

 

 玄関口で使用人に来訪を告げると、ほどなくしてティノを従えたオティリオが現れる。

 ティノに「いってらっしゃいませ」と見送られ、オティリオの次に車内に乗り込んだ。


 軽量の二人用の車内は、進行方向を向いたベンチシートがあり、屋根が開閉式になっていた。


 獣型に変化したヨシカは、腕も足も数倍太く発達し、薄茶色の毛が全身を覆い、顔の周りのたてがみのみが長毛だった。


 獣人車が動き出す。

 ゆっくりと滑らかに進み、徐々にスピードが増した。


 オティリオが早速、屋根を開けると風が入る。


 上空を見上げたオティリオが驚愕の声を漏らした。

「あれ?聖獣じゃない?」


「どこ?」

 マイネは思わず王子を押し除けるように立ち上がった。


 ふらつくマイネを支えるオティリオの「危ないから座って」と言う忠告は聞こえないふりをした。


 風がマイネに吹きつける。

 聖獣を見たことがなかった。


 どこだ。

 眩しさに目を細めた瞬間、翼を広げた獣の姿をとらえた。


 手のひらで太陽の光を遮ぎり、しっかりと目を開けて眺める。

 聖獣は翼を羽ばたくような動きを見せ、ぐっと高度が下がった。


 毛の色が金色なのがわかる。

 金の聖獣はあの人しかいない。


 あまりにも神々しい飛行に凝視してしまう。

 青空の中に浮かぶ金色の聖獣は、星や月かのように凛々しく美しく輝いていた。


 車が右に曲がる。

 翼が右に傾く。

 聖獣はマイネ達を追っているかのようだった。


 翼の音を聞いてみたくなった。

 太陽の光に輝く金色の毛を触りたいと思ってしまった。


 マイネの鼓動は徐々に高鳴り、手のひらにじわりと汗を感じた。


 結局、店に到着するまで、マイネは聖獣の姿に夢中になっていた。

 オティリオが不機嫌になっていることにも気づかず。


 車を降りたオティリオは、八つ当たりをするかのようにヨシカに問いただす。

「まさか兄上も護衛とか言わないよね?」


「そのまさかだと聞いています」

 ヨシカは、なんとも言いがたい表情を作った。


 オティリオが不思議そうな顔で考え込んだのは一瞬で、マイネの背中を押して「入ろう」と言って店内に促す。

 

 馴染みの店らしく、案内された席に店主と菓子職人が挨拶に来た。

 果肉が入った冷たい茶も美味しくて、マイネは笑顔になる。


 オティリオは紅茶のカップを持ち上げながら言った。

「兄上が護衛とかありえないから」


「そうなんですか?」

 フカフカのスポンジと生クリームが添えられたシンプルなデザートを、マイネは堪能する。

 

「何かのついでだったんじゃないかな。もう帰ったかもしれないね」

「そうかもしれませんね」


 店に着く直前、ルシャードの姿を見失ってしまった。

 引き返した可能性もある。


「聖獣って、本当に飛べるんですね。驚きました」

「僕は小さい頃から見慣れてるから、飛んでることに驚くことはないけど。でもルシャード兄上の黄金の聖獣は確かに綺麗だと思うよ。近寄り難いぐらいにね」


「美しかったです。ルシャード殿下と話す時は、今でも緊張します」


 マイネは剣術大会でルシャードに抱き寄せられた時の体温を反芻した。

 なぜか、何度も思い出してしまう。


「こっちも美味しいよ?食べる?」

 オティリオが注文したのは、果物とカスタードクリームが挟まったシュークリームだった。

 

 オティリオが不意にフォークをマイネに向けて、食べさせようとする。

 

「もう、からかわないで下さい」

 マイネは笑った。


「だって、あまりにも美味しそうに食べるからさ。気に入ってくれた?」

「はい。ありがとうございます」


「次はどこに行く?何かほしい物があればプレゼントするよ。宝石店にでも行く?」


 さすが王子。

 誰にでも言っているのだろう。


「結構です。欲しい物があれば、自分で購入できます。寄宿舎が殺風景なので、何か飾りたいんですが、あまり高価じゃない店はありますか?」


「花瓶を買ったらどうだ?そしたら僕の庭園の花をあげられるよ。ピレネー広場で陶器市がやってるらしいから、行ってみる?」


 マイネが「はい」と頷き、食べ終わって店を出ると、待機していたヨシカと合流した。


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