第12話 夜会

 二日続いた剣術大会が終わった、その夜。

 王宮の煌びやかな大広間では、剣術大会出場者を招待した夜会が繰り広げられた。


 喧騒の中にマイネは一人、片隅にいる。

 先ほどまで一緒にいたはずのハンは、鹿獣人の女性と談笑していた。


 ルシャードは、どこだろう。

 会場内を探すも見当たらない。


 見回していたマイネの視界を塞がれ、本日の主役ヨシカが目の前に立っていた。


 両手に持ったグラスの片方をマイネに渡すと、ヨシカが「ごめんね」と謝った。

 試合中の暴投のことだろう。


「ヨシカさんのせいじゃないよ。優勝おめでとう」


 勝ち進み優勝したのはヨシカだ。

 決勝の試合は、昨年優勝した第一騎士熊獣人との試合で、どちらが勝っても頷ける実力だった。


 序盤では体格差が二倍もある熊獣人に力で抑えつけらたヨシカだったが、隙をつき熊獣人の背後に回り優勢をとり、逆転優勝したのだ。


 受け取ったグラスは、ピンクの透明な酒だった。

 一口飲むと、甘くて美味しい。


「ありがとう。でも、マイネの顔に傷でもついてたらと思うと。俺が責任とって将来の約束してたとこだよ」


 ヨシカの細い尻尾がゆらゆらと揺れた。

 獅子獣人ヨシカの丸い獣の耳は、薄茶色の毛で覆われている。


 マイネは口に含んだ酒を吹きそうになる。

「責任なんてとるような容姿でもないし」

 

「マイネは可愛いってば」

 背後からオティリオが登場し、マイネの言葉に口を挟む。

 

 オティリオは口角を上げて笑みを作った。

「ヨシカ、優勝おめでとう。最高にかっこよかったぞ」


 恭しくヨシカが「ありがとうございます」と礼を言う。


 決勝になるとオティリオだけでなく、王太子と王太子妃も観戦に訪れていた。

 王族席で観戦する王太子のディアークは、遠くから眺めただけだが、ルシャードには似ていなかった。


 王族の中でもルシャードの類稀な容姿は唯一の特別な存在のようだ。

 昨日、ルシャードの美しさを間近で見上げた記憶が蘇り、どきっとした。


 ひっそりと二人から離れたマイネはテラスに出た。

 慣れない場所に緊張して、風に当たりたくなったのだ。


 だが、半円形のテラスに一歩踏み出し、引き返そうとした。

 テラスにルシャードがいたからだ。


「マイネ、なぜ戻る?」

 ルシャードに呼び止められ、足が止まる。

 

 テラスに出ると、ルシャードと間を空けて手摺りに凭れ掛かった。


 室内から溢れる薄っすらとした明かりしかないテラスで、ルシャードと二人きりになってしまった。


 息が詰まるが、なぜか心地よい。

 風も気持ちが良い。


「オティリオと仲が良いようだな」

 ルシャードが口を開いた。


 ここには二人しかいないと実感する。


「偶然、図書室でお会いする機会がありまして、それから何かとお声をかけていただくようになりました」

 マイネは説明しながら、ルシャードの金色の毛が風でそよぐのを見ていた。


「本を読むのが好きなのか?」

「いいえ。わからないことが多すぎて、騎士団に関する本を読んだりしてます」


 ルシャードがマイネに顔を向けた。

「俺がわかりやすい本を貸してやる。執務室に置いておくから、いつでも借りていけばいい」


 なんて綺麗な目なんだろう。

 ルシャードの瞳は、光がある場所とない場所で色が変わるようだ。

 

 風が強く吹く。

 マイネが鳶色の髪を手で押さえると、ルシャードが風が吹いてくる方向に身体を動かして風避けになった。


 マイネは胸の奥が暖かくなる。

「ルシャード殿下、腕は大丈夫でしたか?」


 ルシャードは一瞬何かわからないという表情をしたが「あぁ、昨日のことか」と言った。


 ルシャードが腕まくりをする。

「どうだ?」


 マイネは、一歩近づく。

「暗くて見えません」


「それなら触って確認してくれ」

 ルシャードがマイネに腕を伸ばす。


 マイネはルシャードの逞しい腕を指先で触れた。

「痛みはないですか?」


 ルシャードが首を傾げた。

 わからないのだろうか。


 マイネは、次に手のひらで撫でた。

「いかがですか?」

 

 ルシャードが破顔した。

 マイネは驚く。

 ルシャードに笑顔を向けられたのは初めてだ。


 触りすぎてしまったようだ。

「申し訳ありません」


「謝るな。触れと言ったのは俺だ」


 ルシャードが腕まくりを解いていると、ハンがテラスに顔を出し「王太子殿下がお呼びです」とルシャードを呼んだ。


 不機嫌そうにルシャードは一瞬、顔を歪ませたが「今、行く」と返し、小さく息を吐いた。


「腕はなんともないからな」

 ルシャードはそう呟くと、マイネを残しテラスを出ていく。


 もう一度、笑顔が見られないだろうかと期待しながら、夜会の広間に戻ったルシャードを目で追った。

 テラスは暗くてわからなかったが、白地に金の刺繍が襟元にほどこされた豪奢な服は、ルシャードの容姿を引き立てていた。


 入れ替わりにハンがテラスに出て来た。

「楽しんでる?」


 マイネが素直に「ちょっと緊張してます」と告げると、ハンは肩をすくめて「わかるよ」と答えた。


「鹿獣人の女性と話をされてましたよね。あの女性はどなたですか?」


「宰相のミラ様だよ。政務宮の役職でトップの位置にいる方だよ。ルシャード殿下と親しい方だから、これから先、マイネも話をする機会があるかもね」


 名前だけはマイネも知っていた。

 

 ハンがマイネの様子を伺う。


「マイネは事務官になってから一ヶ月が経つけど、どう?王宮には慣れた?」

「はい。まだわからないことばかりですけど」

「無理はしなくていいからね。体調が悪い時は、休んでよ」

「ありがとうございます。俺、丈夫なだけが取り柄なんです」


 マイネは笑った。

 気にかけてくれるハンに感謝する。


「そろそろ、広間に戻ろうか。体が冷えそうだ」

 ハンに誘われて、煌々と明るい室内にマイネは再び戻った。


 無意識にルシャードの姿を探してしまう。


 

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