第11話 ルシャードの腕の中
剣術大会当日。
年に一度、騎士団の鍛錬の成果を披露する大会である。
出場できるのは団長と副団長を除いた全騎士団で、獣人も人間も入り乱れの戦いとなり、獣化してはいけないルールになっている。
事前に各騎士団の中でトーナメント戦を行い、十五人の選抜選手を決定し、その総勢四十五人の選抜選手の試合を剣術大会で披露するという仕組みだ。
優勝した選手には褒美と名誉が与えられる。
円形の試合場を取り囲むようにすり鉢状に階段が設けられた会場は誰でも観戦できるため、ほとんどの席が埋まっていた。
「これより、騎士団剣術大会を執り行う。選抜選手十五名。選手入場」
第二王子にして近衛騎士団長のルシャードが開会の号令を宣言すると、楽器の音が高らかに鳴り響き、国民の歓声に包まれながら、選手が入場する。
ルシャードとともにハンとマイネも主賓室で観戦する。
鑼の音が鳴り、第一試合が始まった。
第一と第二騎士団の熟練の獣人同士の戦いだ。
どちらも、引けを取らない勇ましさで剣を繰り出す。
主賓室は試合場の正面に位置し、選手の息遣いまで聞こえてきそうなほど近い席だった。
ぶつかり合う音も大きく聞こえるため、臨場感がある。
「すごい」
マイネが声を漏らす。
剣は模造刀を使用しており、心臓を止めることはできないが、骨折ぐらいなら充分に与えられる武器だ。
そのため、救護室で医師も待機している。
三十分が経過すると、終了の合図の鑼が鳴った。
審判員により、第一騎士団獣人の勝利が告げられると、歓声と拍手が上がる。
マイネは初めての観戦に胸が躍った。
主賓室にダイタが入ってくると、ルシャードの隣の座席に背中を預けた。
第二試合は、近衛騎士団と第一騎士団だ。
第一騎士団の選手は女性だった。
マイネが「女性もいるんですね」と言うと、ダイタが「女性でもアルファなら並のベータより強いからね」と答えた。
「オメガはいますか?」
「あぁ、今までオメガは騎士団にいたことはないよ。オメガでも強い奴はいるのにね。不公平だとは思うんだけど、どんなに才能があっても、オメガは騎士になれないんだってよ」
オメガへの差別は、小さな棘もあれば大きな棘もあり、小さな棘では痛みを感じないほど麻痺している。
「…どうしてですか?」
そう訊いたマイネだったが、答えはわかっていた。
「発情期があるからだよ。危険と隣合わせの騎士には、ネックだよね。しかもオメガだけではなくアルファにまで害を及ぼしてしまうってのが理由。でもさ、知り合いにオメガでも騎士になりたがっていた奴がいたから、俺は残念だって思う」
肩をすくめて説明するダイタの隣で、ルシャードがマイネに顔を向ける。
黄金の瞳は、マイネの表情を一瞥すると、再び試合場に視線を戻した。
鑼が鳴り、はっする。
女性が勝ち、近衛の選手が負けてしまったようだ。
近衛騎士団の記録係をするマイネは紙に結果を書き込む。
その後、試合はよどみなく進み、第六試合まで進んだ。
近衛では優勝候補だと言われている獅子獣人ヨシカが登場する試合だ。
始まると、やはりヨシカの圧勝のようで、相手の男はじりじりと後退する。
明らかにヨシカの動きの方が速く、相手の反応は一拍遅れてしまっているように見える。
相手の男は腕を切られ、苦痛に顔を歪ませるが、剣を握り直した。
攻撃をしかける男の剣先をかわすヨシカは、相手の動きを封じた。
場外はないルールだ。
どこまでも追うヨシカに、マイネは興奮した。
主賓席へと迫る勢いで、すぐそこまで接近した時だ。
ヨシカの鋭い剣が相手の剣を弾き飛ばしたのだ。
模造刀が矢のように吹き飛ぶ。
鋭い剣先が太陽に照らされて、きらっと輝き、マイネは目を細めた。
「あぶない!」
と叫んだのは誰の声だったのだろう。
目を開けるとマイネは、風のように回転して誰かの腕の中にいて、その腕を握りしめた。
飛んできた剣は手前に落ちている。
「殿下、大丈夫ですか!」
「問題ない」
頭上近くでルシャードの声がして、マイネは驚いた。
マイネが掴んでいたのはルシャードの腕だったのだ。
まさか、ルシャードが盾になったのか。
模造刀でも怪我をするところだったとはいえ。
それを、ルシャードが間に入ったというのだろうか。
見上げると、ルシャードの息がかかりそうな位置にマイネの頭があった。
「ありがとうございます」
状況がわからなかったが、マイネは礼を言う。
鼓動が速くなる。
それは危なく模造刀で顔面を強打するところだったからではない。
ルシャードの声や匂いや逞しい身体。
なにもかもが、近い。
マイネは目眩がした。
後から聞いた話では、剣先が主賓室のマイネを狙い、ルシャードは席を飛び越えて抱き寄せたらしい。
狭い部屋で剣を抜くこともできず、ルシャードは腕で剣を払ったそうだ。
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