第9話 第二王子の黄金の瞳
「さて、そろそろ移動しようか。次は騎士団を紹介するよ。こっち」
ハンが立ち上がり誘導する。
中庭を抜けて十五分歩いた距離に、騎士団の訓練場があるらしい。
「現在、ルシャード殿下は近衛騎士団の団長をつとめていらっしゃるから、何かと関わることも多いと思うよ」
マイネはハンの後をついて歩く。
「騎士団は近衛騎士団と第一騎士団と第二騎士団の三つに分かれていて、総勢二千人ぐらいかな。知ってると思うけど王族を守るためにあるのが近衛騎士団」
突如、視界がひらけて、土を固めた広場が目の前に現れた。
訓練場では揃いの服を着た男達が、基礎訓練に励んでいた。
見応えがある眺めだ。
「この訓練場を使うのは近衛だけで近衛訓練場と呼ばれてる。あぁ、ダイタ様がいるな。紹介するからついて来て。ルシャード殿下の従兄弟で近衛騎士団の副団長だよ」
ハンが「ダイタ様」と呼び、振り返ったのは赤い髪に黒い目の男だった。
マイネを紹介すると「マイネちゃん。よろしく」とダイタが言った。
短髪の頭に三角の耳があり、長い尻尾の先が揺れていた。
従兄弟ならば聖獣人だ。
マイネは初めて見る聖獣の耳と尻尾を観察した。
「マイネちゃん、まじまじ見てるね。聖獣人見るのは初めて?」
「ごめんなさい。初めてです」
「いいよ。素直でよろしい。ルシャードとは、まだ会ってないんだ?」
「まだ紹介できてません。ルシャード殿下は、こちらにはいらっしゃいませんか?」
ハンが訊く。
「いたけど、二十分前にミラの使いに呼ばれて宮に戻った。ちょっと午前練終わるの待っててよ。一緒に戻って三人で昼を食べよ。そしたら、そのうちルシャードも来るだろうから紹介できるよ」
ダイタに誘われるが、王族の二人と食事をするなんて、緊張して何を食べても味がわからなくなりそうだ。
しかし、ハンは断らなかった。
「それでは、終わるまで見学させてもらって、お食事ご一緒しましょうか」
騎士団の訓練が終わり、ダイタに連れられた場所は食堂ではなかった。
中庭を見渡せる全面が窓になったテラスのような場所に、楕円形のテーブルがある。
窓の外には、丁寧に手入れされた紫のクレマチスとピンクのバラが咲き乱れていた。
四脚ある椅子の中で、ハンの隣にマイネは腰掛けた。
王族専用の個室だろうか。
給仕の女性が食事を運び、野菜と鶏肉のソテーとスープが並べられた。
味がわからないかもなんて、とんでもない。
「美味しい」
思わず、マイネは呟く。
ハンとダイタが、その様子に笑った。
「マイネちゃんは寄宿舎に住むの?」
先ほどまでの荒々しい訓練とは違い、食事をするダイタは優雅だ。
「はい」
すでに王宮の隣にある寄宿舎に荷物を運び終わり、マイネは今日から一人で暮らす。
家族と離れて暮らすのは不安だったが、ベータとして生きていくと決めたのだから弱音は吐けない。
「ハンはね、こう見えて若い時に結婚してんだよ」
「こう見えてってどういう意味ですか?」
ハンが抗議する。
「何歳で結婚したんですか?」とマイネが訊くと「二十の時」とハンが答えた。
鶏肉を食べながら、ダイタが言う。
「マイネちゃんは、結婚してないみたいだけど、決まった人はいないの?」
マイネは、目を伏せた。
「いません」
発情期のない平凡なオメガにアルファは用がないらしい。
オメガから産まれる子はアルファの確率が高いと言われているが、発情期がなければ妊娠もできないからだ。
半年前に、ほのかに好きだった幼馴染が結婚し、マイネはベータとして働く決心をした。
気落ちしたマイネを察したのか、ダイタは「俺も一緒だよ」と言った。
そこで、扉が開き、長身の男が入ってきた。
金色の髪に金色の瞳。
噂通りの麗しの黄金の人だ。
一瞬、ルシャードの類い稀な容姿に惚けていたが、マイネは急いで口の中を咀嚼した。
立ち上がり、挨拶をする。
「ルシャード殿下、今日から事務官に配属されましたマイネです。よろしくお願いします」
ルシャードはマイネを一瞥すると興味がないとばかりに、返事もしないで通りすぎる。
ダイタの隣に無言で着席した。
マイネは、戸惑いが隠せなかった。
ダイタがため息をつく。
「マイネちゃん、食事を続けよう」
ハンとルシャードとダイタの三人でマイネにはわからない会話が始まったため、マイネは食事に集中した。
デザートが運ばれてきた。
美味しそうなタルトだ。
マイネは甘いものなら何でも好きだった。
夢中で食べていると、視線を感じ顔を上げる。
ルシャードの煌めく金色の瞳がマイネを見ていた。
鼓動が高鳴る。
体温が一気に上昇し、酩酊にも似た初めての感覚が全身を駆け抜けた。
マイネの菫色の目は、ルシャードを捉えて逸せなく、恐れからなのか背筋がぞくっとするものがあった。
「甘い匂いがする」
ルシャードが威圧感のある声で呟く。
「タルトの匂いか?それがどうした?」
ダイタが不思議そうにした。
ルシャードが首を横に振る。
「いや、なんでもない」
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