第4話 山賊に追われて

 ひっそりとした黒い森に入ると、ゲリンの耳が警戒するかのように動く。


 遠くの音まで拾っているのだろう。

 三十分過ぎたころ、ゲリンが鋭い声を上げた。


「右にいる。左の方に体を伏せろ」


 言われた通りにマイネはゲリンの左側に体を傾けた。


 そして、風を切る音とともに矢が飛ぶ。


「うっ」

 ゲリンのうめき声が聞こえる。

 右足に矢が刺さっていた。


 ゲリンの速度が一瞬だけ落ちたが、加速して走り抜ける。

 

 後方に矢が飛ぶ。


 山賊を振り切っただろう距離まで逃げると、マイネが声を荒げた。

「ゲリン、止まって!止血しよう!」

 

 矢が刺さった右足から血が流れ続け、ゲリンは庇うように地面を蹴っている。


「まだ駄目だ…うっ…マイネ…矢に…毒が…」


 ゲリンの右足が痙攣を始めた。


「矢毒!」

「森を…抜けないと…」

「ゲリン!動くほど毒の回りが早くなる。止まるんだ!」


 ゲリンが右半身から崩れるように倒れた。


 放り出されたマイネは受け身を取る。

 起き上がり、ゲリンに駆け寄った。


「ゲリン!」

「すまない…大丈夫だ…」


 ゲリンの肩に腕を回して持ち上げると、隠れる場所を探し、えぐれた地面に身を潜めた。


 横たわったゲリンの右足から矢を抜き、懐から解毒薬を出して飲ませる。

 幸い矢は深く刺さっていない。


 人型に変化したゲリンの額にびっしりと汗が浮く。

 薬が効いてくるのを待つしかなかった。

 早く効いてくれ。


 しばらく、何も異変はなかった。 

 しかし、ゲリンの耳が動き、目を見開く。


「マイネ、近づいてくる。逃げろ」


 朦朧とするゲリンがマイネを庇うように前に出た。


 息を殺す。


 マイネにも足音が聞こえ始める。

 一人。二人。山賊の姿を木立に身を潜めて確認した。

 リサの言った通り人間だ。


 鞄の背面に隠した短剣をマイネは鞘から抜く。


 ゲリンも腰に帯びた剣を構えた。

 すると、足を引きずっているとは思えない速さで動いた。


 ゲリンは一人目を不意をついて叩き斬り一斬で倒すと、二人目と対峙する。

 剣を握り直し、体重を右に移動させ相手の剣をかわし一歩下がった。


 平常のゲリンに比べたら鈍い動きかのようにも見える。

 だがそれでも相手に劣っていない。


 その時、マイネの背後にざっと動く影があった。

 油断したマイネの首に太い腕が巻きついた。ひゅっと息が詰まる。


 もう一人いたのだ。


 大きな男が背後からマイネの頸を絞めた。

 足がわずかに浮く。


 咄嗟に、その腕をマイネは短剣で突き刺した。

 すると投げ飛ばされる。


 腰を強かに打ちつけ顔を顰めながらゲホゲホと息を吸った。

 地面に両手をついて荒い息を繰り返す。


 大男の返り血がマイネの頬についていた。


「痛いだろぉが」

 大男が腕に刺さった短剣を無造作に抜き、振り上げてマイネに襲いかかる。


 その大男の背中を、ゲリンの鋭い剣先が右から左下へと斜めに走った。

 絶叫する大男は頸から血を吹き崩れ落ちる。


 見れば、二人目も地面に突っ伏していた。

 ゲリンの息は荒い。


「こっちだ」

 ゲリンがマイネの手首を掴み、針葉樹の間を走り出す。


 だが、すぐに足を止めた。

 ゲリンがぐるりと辺りを見渡す。


「まずい。囲まれてる」

 ゲリンの言葉にマイネは震えた。


 四方から男達がじりじりと近づく気配。


「何人?」

「九人」


 若い男が先陣を切って飛び出し、ゲリンに剣を向ける。


 その一撃をゲリンは、剣で受け止めると、素早く身体を沈め、返した刃で男の腕を斬りさいた。


 そして血を流した男の胸倉を掴むと、背後から向かってくる太った男に投げ飛ばす。


 太った男が若い男とともに倒れこむと、ゲリンが飛び上がって二人まとめて突き刺した。


 息つく間もなく、マイネを狙った男をゲリンが察知し斬りかかる。


 だが、もう一人、頭上の木の枝から痩せた男がマイネを狙っていた。

 その男はマイネの背中の鞄に音もなく飛び移る。


 マイネは背中の重みに堪らず尻餅をついた。


 力任せに奪おうとする男に、地面を引きずられたマイネは小さく悲鳴をあげる。

 腹を蹴られた。


「めんどくせぇな」

 痩せた男が短剣をマイネの腹に突き刺すかと思えたその時。


「マイネ!」

 名前を呼ぶあの人の声が聞こえた。


 同時に痩せた男が腹から血を吹き出し倒れる。


 マイネは顔を上げて見上げた。


 金色の髪。

 逞しい背中。

 怒りで強張った肩。


 なぜ、ここに。

 紛れもなく、その姿はルシャードだった。


 ルシャードは、無駄のない動きで剣をふるい、次の山賊の息の根を止める。


 呆然としたマイネは、その優雅にも見える卓越した剣技を眺め続けた。


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