第3話 狼獣人ゲリンと薬剤師リサ

 人型になったゲリンが、水を飲み喉を潤す。

 人型のゲリンは華奢な身体に見えるが、しなやかな筋肉がついており上背もあり、顔も整っている。


 マイネのような平凡な容姿のオメガは少なく、ゲリンのように美しい容姿であることがオメガの特徴の一つでもあった。


「ゲリンは、オメガでよかったって思ったことある?」

「ない。俺はオメガだったから、騎士になれなかった」


 オメガには、三ヶ月の一度、発情期が否応なくやってくる。

 甘い香りで性行為に誘い、アルファはその誘惑に逆らうことが難しいと言われ、オメガやアルファの意思とは関係なく本能で突破的に訪れる。


 そのため、アルファが多い騎士団にオメガが入隊できた例は今までにない。 


「騎士団に入りたかったの?」

「そうだ」


 ゲリンは三十歳だったはずだから、入隊の望みは、ほぼない。


「ゲリンだったら、似合ってたね」


 騎士団の制服を着たゲリンを思い浮かべる。

 

「ありがとう。マイネに言わると嬉しいよ」


 ゲリンが尻尾を振りながら寝転がり、マイネの膝に頭を乗せると、顔を見上げた。


「マイネは、これからもカスパーを一人で育てるのか?」

「そうだよ。カスパーを産んだ時、そう決めたんだ」


「そうか」

 ゲリンが目を閉じた。


 マイネの家族は、マイネが死んだと思っているはずだ。

 あの人にも、死んだと伝えてほしいとお願いをした。


 マイネが、あの人以外の誰かを愛することもないだろう。

 だから、カスパーと二人で生きていく。


 あの人に似たカスパー。

 カスパーがいるだけで、マイネは幸せだ。


 休憩を終えると、再びマイネを背に乗せたゲリンが駆け出す。


 ここからは森の中を一時間走る。

 針葉樹と広葉樹が密集して原生する森は、太陽の光が届きにくく暗いため「黒い森」と呼ばれている。


 落ち葉が覆う地面を、方向を見失わないように一直線に進み、黒い森を抜けると山の麓にある陰気な佇まいの家に到着した。


 ゲリンが人型に変化する。

 獣人の変化は一瞬だ。瞬きの速さで変わる。


 扉を叩くが返事がなく、マイネとゲリンは家の裏手に広がる薬草畑に回った。


 そこに、黒髪を背中まで伸ばしたリサがいた。

「あら、いらっしゃい」

 

 リサは人間のアルファだ。

 優秀な薬剤師は、四年前に初めて会った時、なぜかマイネなどいないかのように振る舞われ、ゲリンとばかり話をしていた。


 ゲリンの容姿が綺麗だからだろうか。

 それにしてはわかりやすい態度だった。


 女性アルファのリサは、恵まれた頭脳と容姿を持ち、人里離れた山奥には不似合いな人物だ。


 リサがゲリンの腕を取り、家の中へと誘った。

「一ヶ月ぶりね。二人とも変わりはないかしら?」


 何の道具がわからない様々な器具が乱雑に置かれた部屋に通される。

 棚の中には、粉末や液体が入った容器が並び、すり鉢で潰す途中の薬草が無造作に放置されていた。


 住まいは別にあり、この家は仕事の作業場として使っていると聞いたことがある。

 それにしては、散らかり放題だ。


「シチューがあるのだけど一緒に食べない?」

 竈で火にかけた大きな鍋の蓋を、リサが開ける。


 いい香りが部屋中に漂い、マイネとゲリンは有り難く頂くことになった。

 丸テーブルに、リサが用意したシチューとパンの皿を並べ、三人で食べながら話をする。


「作りすぎてしまったから、ちょうどよかったわ」


 一口食べたマイネは「美味しい」と思わず声が出た。


「野菜畑もはじめたのよ。美味しいでしょ」

 リサが説明すると、ゲリンも頷いた。

 確かに、野菜の味が際立っている。


「来月には苺が食べれそうよ。二人は、甘いものは得意?」


「好き」

 マイネが答えると、リサは目を細めて笑った。


「次回、来た時はケーキをご馳走できるかも。マイネって、本当に美味しそうに食べてくれるわよね」

 リサがパンを千切りって口に入れる。


 食べ終わり、預かってきた鞄をリサに渡すと、中身をすべて取り出し、替わりに薬剤を詰め込んで、鞄を返された。

 

「ここ最近、山賊が出るらしいの。サン湖に出るまでの間に黒い森があるでしょ。あの辺で襲われた話を聞いたわ。来る時は何もなかった?」

 リサが心配げに言うと、ゲリンが眉を顰めた。


「何も。獣人か?」

「人間の山賊みたい。殺しまではしないらしいけど、相当荒っぽいらしいわよ」


「何人ぐらいかわかるか?」

「わからないけど、十人以上だと思っておいて。念の為、解毒薬と治療薬も渡しておくから、何かあったら使って」


「ありがとう」

 マイネはリサに礼を言い、ゲリンに問う。

「獣型で走り抜けた方がいいよね?」


 ゲリンの剣の腕があれば、捕えることも可能だろうが、人数で圧倒されては逃げた方が良いだろう。


「そうだな」


「これが解毒薬で、こっちが治療薬ね。お守りだと思って」

 リサは、ゲリンとマイネに同じ袋を渡す。

 二人とも懐にしまった。


「ありがとう」

 もう一度、礼を言う。


 ゲリンが獣型に変化し、マイネが背に乗ると地面を蹴った。


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