5.夜空とホットミルク



 昼休憩を終え、森を抜けた隊が次に目指したのは西で一番大きな街カッサルだった。これ以降の西は小さい村ばかりになるので、きちんと宿をとれるのはこの街のみだ。

しかし今回はリングジルドの隊だけでなく、ロードグランの隊もいる。かなりの大所帯だ。シーグラスは街につくなり、第2隊に命じて宿の手配を急いだ。

そうしてやっと宿が確保出来たと聞いたときには、すっかり日も落ち、街には夜の光が各々ともり始めていた。

 


「あれ、シーグラスは??」

酒の入った器を手にリアムが戻ってくると、さっきまで同じ食卓についていたシーグラスが姿を消している。

リアムが置いた木製のマグには、赤紫のぶどう酒がゆらりと波紋を描いた。

「副団長なら、明日からの食料や備品調達の確認に行きましたよ」

と、返事をしたのは今晩ユーリティスと部屋を共にする女性騎士のマリクだ。彼女は騎士団長になる前からのユーリティスの同期で、仲も良い。

「私も一緒に行くといったのだが、断られた」

そういうユーリティスは少し不満そうだ。

「まぁ、ユーリはもう騎士団長なんだから、その辺りは部下に任せないと!」

マリクは彼女をたしなめるように言うと、大きな口を開けて赤い実を頬張った。食後のデザートだ。

「ふふ、マリクはいつも美味しそうに食べるな」

「だって美味しいからね!」

細身なのによく食べるマリクは、いつもどこへ食べ物が消えていくのかとユーリティスは不思議で仕方ない。

「んー、このぶどう酒なかなか」

そんな女性二人のやり取りを見ながら酒を口にするリアムも、わりと量を飲んでいるのに顔に出ない。

見ているだけでお腹いっぱいになりそうだーーーユーリティスはそんな事を考えていた。



 夜も更け、隣のベッドで寝息をたてるマリクと違い、ユーリティスはふと目が覚めてしまい、少し風にでもあたろうと窓を開けて夜空を見上げた。

カッサルの街の光がポツポツと減るにつれ、夜空の星は光を増してゆく。

その時、コツンと窓枠に何かが当たって跳ね返る音がした。ユーリティスが空から目を離して見渡すと、ちょうど窓の下から黒い人影がヒラヒラと手を振った。

リアムだ。彼は目が合うと、その手を降りてこいという指示に変えた。

ユーリティスは一瞬迷ったが、コートを羽織ると一階の窓の下まで移動した。

「どうした?眠れないのか?」

「いや、それはこっちの台詞でしょ」

指揮官はきちんと寝るべきとリアムからお説教を受けながら、彼女はその言葉をそのまま返したい気分になる。ユーリティスのそんな目線を受けた彼は間髪入れず、

「俺はいいの、馬上でも寝れるから」

と言い放った。

心を読まれた上に変な特技まで暴露されて、ユーリティスは口をパクパクさせてしまう。

「私はた、たまたま目が覚めただけだ……」

ようやくそう言うと、リアムはふーん?と疑わしそうにしたものの、納得したようだった。

「じゃあ、ちょっと付き合ってよ」

「え?しかし……」

ユーリティスは3階の窓を見上げる。書き置きも残さず自分がいなくなっているのに気が付いたら、心配させてしまうのではないかと。

「大丈夫、すぐそこだから」

にっこりと邪気のない笑顔。コートには護身の為の短剣も入っている。

「……分かった、いこう」



「………」

木製の食卓を前に、ユーリティスはリアムに言われたままじっと座っていた。

ここは先程の宿の一階、食堂権酒場だ。この時間帯は食べ物は出ないが、お酒の種類が増える。

酒場はまだまだこれから、といった雰囲気だ。

「ほい、お待たせ」

リアムが持って帰ってきた2つのマグのうち、1つをユーリティスの前に置いた。

湯気がほんのりと上がって、甘くていい香りがした。

「これは?」

「うん?ミルクだよ。温めてもらった」

まだ熱いから気を付けて、と付け足すとリアムはそれを口に運び、フーッと冷ます。

ユーリティスも同じようにしてから、少し口に含んだ。やはり甘い。けれど想像していたよりも甘くて、ミルクとは違う何かの香りもする。

「……美味しい。これ、蜂蜜か?」

「そうそう。これ飲んだら、きっとよく眠れるよ」

「ありがとう」

温かさがゆっくり身体を巡って、全身に伝わってゆく。そうしたら、リアムの言うとおり、眠気が湧き上がって来るのを感じた。

「うん、本当だ。よく……眠れ……そう」

そこで、ユーリティスの意識は闇に落ちた。すかさずリアムがマグと、彼女の身体を受け止める。

「あれ?もしかして、全然のか?」

それに答える言葉はなく、リアムはふむ、とひとり納得をした。



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