4.森のひととき、不穏な影



 次の日、ユーリティスが出立の準備を整えていると、団長室の扉を叩く音が響いた。

「ユーリティス、入って構わないかな?」

「シーグラスか、許可しよう」

返事の後、身支度を整えたシーグラスが入ってきてニコリと微笑む。

「いつもながら、団長殿は鎧がお似合いだね」

それは嫌味ではなく、彼の心からの賛辞だ。実際、騎士団長任命に合わせてあつらえられた白銀の鎧は、彼女の清廉潔白とした精神を示しているかのように輝いていた。

加えて、騎士団のカラーである青のマントも鎧に映えている。

「その言葉は素直に受け取っておく。それより、そろそろ刻限だから呼びに来てくれたのだろう?」

「ああ、第2隊も準備完了して待機しているよ。もちろん、リアム殿の隊もね」

ユーリティスの脳裏に、あの無邪気な笑顔のリアムが過ぎる。彼の率いる隊というのもどういう雰囲気なのか気になるところだ。

「そうか、では早く参らねば」

急ごうとした彼女の目の前に、さっと白手袋が差し出される。

「エスコートいたしましょうか?」

「冗談はほどほどにしてくれ」

そう言われると分かっていたずらっ子の様な笑みをたたえるシーグラスの手を押しのけると、ユーリティスは団長室の扉に手をかけた。

「いくぞ、副団長」

「了解、団長殿」



 城門前の広場には、朝早くにもかかわらず活気と熱気にあふれていた。青いマントはリンクジルドの隊。それと相対的にも見える黒いマントはリアム率いるロードグランの隊。

「おはよ、ユーリ」

姿を現したユーリティスにリアムが声をかけると、2つの隊の兵が一瞬で整列した。

「おはよう、リアム」

声をかけると満足気に笑うリアムは、漆黒の鎧を身にまとっている。その鎧は、華美な無駄を省いた実に実践的な鎧だ。夜には闇に溶け込みそうな、その姿。

気配を消せば、なおさら。


ーーー強いの、だろうな。


それは剣をとる者として確かめたくもあり、少し恐ろしくもあるような、そんな気持ちにさせる。

「では、参ろう!」

馬に乗り上げたユーリティスがそう言うと、『城門を開けよ!』との声が高らかに響き、重みのある音をたてながら門が開いた。




「出立!!」

ガランガランと見送りの鐘が鳴らされ、馬の蹄の音や馬車の車輪が石畳に転がる音、それと隊の靴音が後に続く。ファーランとの国境、西の砦までは3日ほどかかる。知らせの早馬は先に出しておいたので、ユーリティス達は途中休憩したり、宿をとったりしながら目的地に向かう事になる。

「くぁ……眠いねー」

ユーリティスの隣で馬を操るリアムが、盛大にあくびをしながらそう言った。

こんな様子、シーグラスが見たら怒りそうなものだが、彼は先陣の方にいるので気付かない。

「落馬しないようにな」

緊張感のかけらもないリアムの姿に、思わず苦笑しながらユーリティスはそう注意する。

実際、兵を連れているとはいえ見た目だけなので、緊張感がないのも仕方ないといえる。

ユーリティス本人も、馬の上から眺める森の木々や、川の流れ、どこかから聞こえる鳥の鳴き声、そして朝の清涼な空気を気持ち良いと感じていた。


 城を出てからしばらくして、森の中で昼を過ごす事になった。騎士達はシーグラスの指示のもと、テキパキと昼食の準備をしている。

ユーリティスはというと、近くにある泉を覗き込んで水面に映る景色をながめていた。

逆さまに映る、木々や空。雲が流れて太陽が反射されると、眩しさに目をつむる。

その時後ろで砂利を踏む音がして振り返ると、リアムが近付いて来ているのが見えた。

「あんまり覗き込むと落っこちちゃうよ?」

そう言いながら彼は、ユーリティスの隣に立つ。

「気をつける」

ユーリティスが立ち上がると、リアムは腕を上げて思い切り伸びをした。その様子は何だか黒い猫の様でーーーいや、猫にしては背が高すぎるがーーー彼の自由さがそう思わせるのか。

「そうそう、シーグラスが昼の用意が出来たって言ってた」

まるでついでのようにそう言う。

「そうか、では戻ろう」

「よし、行こ行こ!」

リアムに肩を押されながら、ユーリティスは隊の集まる方へと歩き始めた。だから気付かなかった。リアムが鋭く警戒の目線を木々の間へと飛ばした事、その木々の間の奥に黒い人影がサッと身を隠した事に。


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