3.相反する姿
「お連れ頂いた騎士の方々の控室と……リアム、貴方の部屋を用意致します。その間、団長室でお待ちいただけますか?宰相室ほど居心地はよくはないのですが」
ガルデラの話が終わった後、ユーリティスとリアムは騎士団の建物へと向かっていた。
しばしの沈黙があり、返事がなかったのでリアムの方を向いたユーリティスは、その視線が自分に向いていることに気が付いた。
目線が合うと、リアムはにっこりと笑う。邪気のない、人懐っこい笑み。
先程の握手の時もそうだった。
「……リアム?」
「うん、聞いてるよ」
「団長室がお気に召さないようであれば、他の部屋をご案内いたしますが」
「って、団長室ってユーリの部屋だろ?そこで構わない」
くだけた口調と、いきなりの略称呼びに思わず呆気にとられてしまう。
「……では、向かいますね」
同じ騎士とはいえ、リアムはロードグラン国からの客人。立場は相手が上だ。口調も、略称も咎めることは出来ない。
気にしない事にして、ユーリティスは歩き始めた、が、クイと服の裾を引かれて足を止める。
「どう、しました?」
怪訝な顔で振り向く彼女をリアムは不服そうに見やる。
「ずっとその調子で話すのか?」
「ずっとも何も……」
『そのつもりですが』といいかけて口よどむ。相手の有無を言わせない目に、一瞬動揺してしまったからだ。
「わかり……わかった、私もそのように話す。これでいいか?リアム」
仕方なくそう答えると、相手は満足そうに笑った。
上機嫌で歩き始めたリアムを見ながら、ユーリティスは『弟』とはこういう感じなのかもしれないと思う。
ランディール家のメイド達が、立ち話で兄弟の話をしていた時にたまたま耳にしたのだが、『弟は甘えたがり』だとか、『生意気』だとか、『結局放っておけない』とか散々な言いようだった。
リアムも『弟』だ。兄である近衛騎士隊長とこのような感じでやり取りしているのかもしれない。
そのうち慣れるだろうか、というかリアムがこの調子ではシーグラスに厳しく言えないのではないか?そう考えて、ユーリティスはこの先を思いやって小さくため息をついた。
ーーーそして、その予感は外れる事はなく。
「ねぇユーリ、このお菓子まだある?」
団長室の来客用の茶菓子を空っぽにしておかわりを要求するリアムに、『これは一体どういことかな?』と言いたげな目線を寄越すシーグラスの間で、肩身の狭い気持ちになるユーリティスがそこにあった。
「『ユーリ』、私はリアム殿のお茶菓子と、部屋の準備の催促をしてくるよ」
声から分かる苛立ちの様子から目をそらしつつ『そうだな』と答える。
カツカツとわざとらしく足音をたてながらシーグラスが部屋を出てゆくと、ユーリティスはフゥと軽く息を吐いた。
「ところでリアム、貴方と隊の方々はいつまで我が隊に?」
ガリゲル宰相から特にその辺りの話が出なかったのを思い出し、ユーリティスは疑問を口にする。
「……うーん、特に指定はなかったけど?」
それもそうかもしれない。ガリゲルの言うとおりならば、リアムはユーリティスを守る為にここに来ているのだから。
ーーー誰かに守ってもらおうだなんて思っていない。
彼女としては、それは声を大にして言いたいところだ。けれど立場上それは許されない。
知識を身につけ、技を身につけ、精神を身につけ、そうして今の立場についたのだ。誰にも負けないと、思いたい。
とはいえ、それが全てに認められたとは思えない。
『戦鬼の生贄』
それが彼女の立場なのだ。騎士団長に任命されたのも、その辺りの事が関係しているに違いない。
組んだ手元を見つめて考え込んでいると、フッとその視界に影が過ぎって、ユーリティスは顔を上げた。
「大丈夫か?」
目の前にはリアムがいた。
気配を感じなかった。考え事をしていたとはいえ、これほど至近距離に誰かが近付けば気付かないはずはない。
それなのに。
「ーーーっ!?」
息を呑んで、相手を見やる。最初に見たあの静かな影の様なリアムの姿が過ぎって、ユーリティスは混乱する。
無邪気なリアムと、気配のないリアム。
どちらが、彼の本当の姿なのか。それともそのどちらも彼なのかーーーー
「おーい、ユーリ?」
再び聞こえたリアムの声に、ユーリティスは無意識に止めていたらしい息を吸い込む。
「……っ、すまない、大丈夫だ」
この男ーーーリアムにはまだ出会ったばかりだ。分からないことが多いのも無理はない。
気を引き締めねば。ユーリティスはそう心に決めた。
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