第19話





薬師の老婆の棲み処で目を覚ます。

相変わらず静かだ。ここが山ゴブリンと戦った森の近くだなんて信じられない。

ミティシアが言うには『魔物除け』を仕掛けているらしい。


そんな彼女の寝室は地下。

魔物除けも絶対ではないらしい。そんなイレギュラーはそうそう起こることはないというけれど、家主が地下に避難しているのを横目にすると不安があった。


僕はどうやら神経が太いらしい。そんなことは頭の片隅に追いやりいつも通り眠ることができた。


「魔法にはまだまだ先があるか……」


ミティシアに言われた言葉だ。

昨日彼女は僕の目的が魔法を教えてもらうことだと見抜いた。そしていくつか見せろと言い、それに従った。


反応は薄かった。

彼女は手本を見せてくれた。火の魔法の他にもいくつか見せてくれたが、それらはどのようにやったのか分からないものもいくつかあった。


今は外に出て火の魔法を再現しようと練習をしている。

しかし失敗。

どうやら結果として起こっていることが分かってもアプローチが違っているらしく、何度やっても成功しないのだ。

ならいっそのこと――――


思考を切り替えようとしたタイミングでログハウスの扉が開くのに気が付いた。

そこにはがいた。


「っ!!? 誰だっ!!?」

「…………」


美女は壁に寄りかかり、妖しく微笑むだけ。動こうとしない。

ミティシアはどうした、無事なのか? そう思うも相手からのリアクションがないから不安だけが大きくなる。

全くの想定外に体が動かない。


「……ふぁ」


そこで気だるげなあくび。

緊張の糸がようやく緩み、僕は口を開くことができた。


「ミティシアはどこにいる?」


彼女は微笑み自らを指さした。わけがわからない。

ふざけているのかと思わず頭に血が上る。

歩み寄り、どういうことだと問い詰めるつもりだ。


彼女は動かないまま。距離が縮まる。

あと10メートルを切————


「未熟」


――――気が付くと空を見ていた。

意識が飛ぶ前に聞こえたのは女の美しい声だった。


何をされたのか分からなかった。

目が覚めた時、地面に転がっていたという事実だけ。


怪しい、が僕は無事だし家が荒らされた様子はない。なら敵ではないかもしれない。

起き上がり、家に戻ることにした。

思えば昨日「ミティシアか?」と聞いたが返事はされていない。否定をしないからそうだと思い込んでいたが、あの美女が本当のミティシアで老婆は別人なのだろう。


家の中にはあの美女がいた。

茶を横顔に見とれてしまったがエルフ特有の長い耳であることに気が付くことができた。


「なんと言ったらいいのか……。先程は勘違いをしてしまったようで済まない」

「…………」

「ところであのお婆さんはどこに?」


ミティシアは反応はしない。しばらくするとこちらを見ず、薄く微笑み再び茶に口を付ける。

とてもやりづらい相手だ。

しかし姿には目を奪われる。肌は透き通るようでかつ儚い雰囲気も醸し出している。

かなり間が空いて、あのと声を掛けようとすると返事があった。


「ここにいるわ」

「なっ……」


短い言葉を何度繰り返しても、老婆と美女が同一人物という意味にしかとらえることができない。

これが魔法? 僕の頭は困惑で埋め尽くされる。


彼女はあまり言葉を発しようとしないのか、時間だけが過ぎる。

少し長めに彼女が息を吐くと、ようやく僕は動くことができると思った。


――――いや、変だろ?

あまりに相手が美女だからと目を奪われすぎている。

これはもしや精神干渉?

僕では再現が不可能だった、創作物でよくある類の魔法では?


ならどうやって対抗する?

とりあえず腕をギュッと力いっぱい抓る。


「やはり精神干渉の類か」

「…………」


見えているものに変化はない。だが上手くしゃべれるようになった。

そこでようやく相手からまともなリアクションがあった。

ニコリという微笑みが僕に向けられた。

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