第18話
「ここか……」
魔物が闊歩する森の中、その周辺はしんと静かで耳を澄ませば小川のせせらぎがどこからか聞こえてきた。
僕が行動範囲にしている森のさらに奥にミティシアが住むログハウスがあった。
『紹介状だ。それとついでに一つ仕事を頼まれてほしい』
ついでというのはミティシアが薬師であるからだ。
僕が引き受けたのは薬の材料を届けること。その中には先日僕が採ったロコロコ鳥の卵を加工したものもあった。
彼女は腕の良い薬師でもあるそうだ。つくづくすごい人物なようである。
「ミティシア殿、商業ギルドから来た者だ」
ドアを叩いたあと、中に聞こえるように僕は言った。
礼儀とはいえここは危険な森だ。声を出した後は周りを見渡してしまう。
――魔物は寄ってこないようだ。
「……入りな」
不機嫌そうな老婆がドアを開けた。
招きつつも不審人物を見るような目で警戒を怠らない、そんな様子だ。
家の中に入るとすぐに薬草のつんとした匂い、そのあとにえぐみのある匂いが襲ってくる。思わず顔を顰める。
「出しな」
扉を閉めると老婆は振り返り、ぶっきらぼうな仕草で手を差し出す。
ちょっと動揺するが見た目通りの態度だ。すぐに材料と紹介状を差し出した。
「なになに……」
材料をテーブルに置き、目を細める老婆らしい態度で紹介状を読むと僕に座るよう促す。
よっと声にしならがら老婆も腰掛け、手紙をじっくりと眺める様子だ。
落ち着かない。
老婆の顔が何度もめんどくさそうに歪んだからだ。この部屋ももちろん落ち着く雰囲気とは遠いこともあるが。
「手紙にあのクソドワーフに紹介されたと書いてあったけど、相変わらずだったかい?」
「ええ。僕の故郷でギルドで仕事をしながら酒を飲んでましたよ」
「はん」
老婆は不機嫌そうだ。悪い流れ、そんな僕の思ったことが当たる。
「ならさっさと帰りな」
「ちょっと待ってくれ!」
しかし相手は話を聞く表情ではない。
僕はなんとか必死に話を聞いてもらおうと言葉を尽くした。わざわざここまで来たのだ。ただで帰ってなるものか。
そんな想いが暴走してしまった。
「やれることならなんでもやる。だからしばらくここに置いてくれ」
「ほう、なんでもねぇ」
「あ……」
この言葉は嘘ではない。
最近山ゴブリンに手こずったし、強さに限界を感じていた。
アジフの言う通り、師を求めるのはアリだと強く感じたからだ。
しかしこの老婆の態度は不安を掻き立てさせられる。発言に後悔はしていないが何をされるのかわからない怖さがある。
「せっかくだ。掃除でもしてもらおうかね」
「……はい」
案外普通で拍子抜けだった。
これからエスカレートして無茶を言うようなら逃げればいいだけと腹を括ることにする。
「いやはや、便利便利」
「まぁこのくらいならば」
家中の家事をやらされたが独り暮らしの小さな家。魔法を使えば対して時間は掛からなかった。
「なるほどねぇ。あのジジイが紹介するだけの魔法の使い手ではあるねぇ」
「……」
なんとなく言い出すタイミングがなかったけれど僕の目的を察した様子だ。僕が師事をお願いするとそんなことだろうと思ったとの返答が返ってきた。
「ちょっとなら、働いた分なら教えてもいい」
「ありがとう」
「ところでお前さんは杖を使わないどころか手も前に出さず魔法を使うんだねぇ」
「ああ。魔法を使った頃からあえて意識をしていた」
「あえて意識だけを向けるってことかねぇ」
僕の考えかたを伝えるとミティシアは感心した様子を見せた。僕の考えは学者然としていて本当に誰の下でも学んでないのかと聞かれた。
むしろ魔法に関する本さえもまともに読んだことはない。ギルドにあった本は初歩的なもので参考になる知識が全くなかったからだ。
「……かなり変わった坊やのようだねぇ」
ミティシアはしばらく考え込み、10分が経ったころにようやく口を開く。
「ならコレはできるかい?」
彼女は手のひらを上に向け、火を出した。火は直径10センチほどの球に形を変え、次に色を変える。
「これは……内側にもう1つ球を作っている?」
「そのとおり。更にもう1つ」
そして窓を開け、その球を木に向かって放つ。火の玉は球体のまま木にぶつかり、木は勢いよく炎となって燃え上がる。
「うわぁ……」
バチバチと音がするほどの勢いのある炎、生物であったならば即死だ。
強い魔力を持つ魔物は当たっても、魔法で作った火を弱める性質があるがあの火を食らったならば、ただじゃ済まないだろう。
「どのような仕組みかじっくり考えるといい」
老婆は初めてニコリと笑い、今日は泊まれと寝床を用意した。
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