第10話
「……わかった。ただし――――」
「そうか、ではウリュウの街に戻るぞ」
「おい」
イカれてるのかこのジジイ!?
いきなりジャングルへの調査についていくと言ったドワーフ。
最初は僕を先に進ませた。おそらく実力を見るためで、黙って後をついてきた。しかし途中からは無意味に声を掛けてきたり、足が痛いだのブツブツ言ってうっとおしい。ベテランが初日でぐちぐち言うなんてわざとだろ。
こいつのことを警戒してたけど、苛ついてここでボコって釘刺せばいいんじゃないかって何度か思った。
改造した脳内魔法のおかげでジャングルを歩くのはそれほど疲れない。だけどこいつのおかげで他人と冒険するのは疲れることに気づいたわ。
そして最後にコレ。
わざわざ空飛んで、大分遠くまで川なんて確認できませーんって言ったのに、このまま進もう→やっぱ街に戻るってなんなんだよ!?
「ちょっ、早まるなっ!」
僕の強い怒気が伝わったのかドワーフは慌てて態度を変えてきた。
ふざけてんのかと詰め寄るとかなり弱った顔で謝られ、あまりにも早い手のひら返しに毒気が抜かれる。
一体このジジイは何がしたかったんだ?
言い訳くらいは聞いてやるが、ろくでもない理由だったらぶん殴るからな。
「こんなことをしたのには理由がある。これは認定試験なんじゃ」
「認定試験? じゃあ調査依頼も嘘ってことか?」
「それは同行をして十分に情報は得られた」
ふーん試験ね。情報が十分ってことは評価はされてるってことだよなぁ?
気持ちの収まりはまだついてないからな。
「それで? 合格を出すのか?」
「……それが迷っていてな、今のところ保留じゃ。試験の内容に限れば評価は高いとだけ言っておこう」
「保留ね……もう少し詳しく話せ」
つまり、ドワーフは僕に対し引っかかることがあるということだ。しかしなぜあんなことをしたのか、なかなか意図が見えてこない。
「本来ならばワシが口を出すのは実力に関することじゃ。しかしそこの実力は十分すぎるほどある。ただ気になることがある」
「どういうところだ?」
「お前はやりすぎたんじゃ」
「…………」
僕もそれは気づいた。
だが他にもあるような口ぶりだ。僕が気づかない何かにドワーフは気が付いたのか。
「さっきの調査の続行、もしワシが本当の無能ならばさらに無茶なことを要求するじゃろう」
僕はドワーフが更に進めと言ったときに立場を考えて逆らうことができなかった。もし同じようなシチュエーションの時、そのあとそれがエスカレートする可能性は高い。
「小僧は最初から甘かった。派手な魔法を使わんようにしてたのかもしれんが、街の依頼をこなした時点で魔法使いとして異質じゃった。更に酷いのが模擬戦じゃ。手の内をベラベラとしゃべるバカがどこにおる」
最初から間違えていたのか……
「だがそれはお前の経験不足ゆえじゃ。はっきり言ってお前は天才じゃ。だがこんなことを続けていたら、いくら強くても。いつかは利用され、食い物にされるじゃろう」
「…………」
「だからこういう方法で長くなった鼻を折った。ワシ1人じゃこんなやり方でしか理不尽を与えられんからな。実力は申し分ないが、送り出すには不安があるというのが今のワシの評価じゃ」
どうやらドワーフは僕を心配してくれたらしい。嫌われ役を演じてまで僕を諭してくれた。
「その評価、ちゃんと受け取らせてもらう」
「なんじゃ、急にしおらしくしおって……」
捻くれた性格の僕に普段はしかめっ面のジイさん。
変な空気になってしまってむず痒い。
そんな空気をドワーフがわざとらしく咳き込みかき消す。
「んん゛っ! やる気はあるようじゃな。ならちょっとした訓練を受けてもらうぞ。それと作ってほしいものがある」
「訓練はありがたく受けさせてもらう。だが作るものってなんだ?」
「宿泊施設じゃ」
「はぁ?」
このドワーフはやはり話の組み立てが下手だ。
「順番に言うぞ。ワシ以外の人間にお前の指導に当たらせるつもりじゃ。なにせ体格差がありすぎるからな」
「それはいいがその人はどこから来るんだ?」
「ポータルじゃ」
「ポータル?」
「正確には転移ポータルじゃ。ウリュウにあるギルドとシウデナのギルドは転移ポータルで繋がっておる」
「まさか魔法で移動ができるということか?」
「その通りじゃ」
「……すごいな」
特殊な装置が必要そうだが魔法でワープができるとは。まさに異世界だな。
「それでなんで僕が宿泊施設を作るんだ?」
「E級に上がるにしても、試用期間に全然足りんからな。少しはワシの裁量でなんとかなるが、目に見える形で貢献が必要じゃ。お前のおかげであの一帯の匂いが大分マシになった。宿泊施設なら分かりやすいじゃろ」
「あんたが僕たちを原住民なんて呼ぶような場所に泊まりたがる奴なんているのか?」
「冬なら来たがるヤツはおるじゃろ」
亜熱帯のここら一帯とは違い、シウデナという街はかなり北の方にあるということか。
「ははっ、アジフ! こいつは有望だな」
今はアジフが連れてきた指導員リックと僕で模擬戦をしている。僕はショートソードを使い、浮かした小石を飛ばしながらリックと戦う。
リックはロングソードを振いながら、回避や魔法を撃ち落としたり牽制をした。ドワーフことアジフが言うには冒険者としてオーソドックスな戦い方らしい。
まだ体が成長しきっていない僕は30歳ほどのリックと比べて身体能力で劣る。
だけど常識内の魔法の使い方でも、技術と工夫次第で均衡に持ち込むことができる。
リックは僕の魔法の使い方をとても褒めた。
派手さはないが、身体強化魔法の使い方が適切でショートソードの小回りが利く利点を生かした防御重視の近接戦闘。距離が開いてからは石を飛ばしての攻撃。狙いにも意図があって狙いやすい胴体ばかりではなく死角を利用した飛ばし方をしているところを評価された。
「これならE級どころかD級のパーティーでも活躍できるぞ!」
「……どうも」
なかなかリックという人物は社交的で距離を詰めようとするヤツだ。とてもいいヤツなんだが僕はちょっと距離を置きたいと思うようなタイプだ。
指導以外にも宿泊施設と僕の小屋の出来を褒められ、近いうちに泊まりに来たいと言ってくれた。訓練の評価よりもこっちの方がうれしい。
「小僧は根暗じゃな」
「うるさい」
このドワーフはなかなか人の機微に敏感なようだ。痛いところを突いてくる。
リックが戻ったところで今度は口頭によるアジフの指導だ。
「ワシの言った通りだったじゃろ?」
僕は強くなりすぎたようだ。その反面、同じレベルの対人経験が乏しい。
だからこそのリックとの模擬戦。
その狙いは能力を制限し、切り札を隠しながらの対人戦闘能力を上げること。
僕の魔力は常人よりも鍛えている分だけ多いが、あくまでも魔法使いの中ではちょっと多い程度。
ただ使い方と発想、練度が段違い。その根本は前世の記憶のせいだろう。
だが無暗に使えば悪目立ちをしてしまう。
「ワシからの助言じゃ。仲間を作れ」
「仲間……」
アジフの助言はひたすら強くなることではなく、仲間を作ることだった。
おそらく口にしていないが、僕の抱えている心の問題をなんとなく察しているのだろう。
僕にとって、気を許せて共に未来を見る仲間こそ必要なのだ。
「1人で村を出た小僧は友達なんぞおらんかもしれん」
余計なお世話だ。その通りだけど。
「だが見つけたいと願えばいつかは見つかるもんじゃ。心を開いて人と向き合え」
「それはどこかの名言か?」
「失敗を含めたワシの人生経験じゃ」
「……それは説得力があるな」
言葉から老婆心から僕に世話を焼いてくれていることが伝わった。
アジフはリックの他にも色々な人を連れてきてくれて、僕に冒険者として必要な常識を教えてくれた。
指導と合わせて装備も更新した。
前提としてリックたちの指導は有料だ。そもそも僕にお金を使う先はないから、かなり溜め込んでいてそれは問題はない。
靴やなめした革製の防具、そしてショートソード。ここでは手に入らないものばかりだ。むしろ今まで使っていた磨製石器の武器に驚かれたくらいだ。
肌の色こそ色黒だが見た目はちゃんと装備を整えた冒険者になることができた。
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