第9話
ティムという小僧と一緒にジャングルの調査に出たワシ――アジフはあまり生きた心地がしなかった。
正直言って小僧はバケモンじゃ。3か月ほどの短い付き合いじゃが身体以外の能力が高すぎる。
文字も知らん様子じゃったし、まともな教育なぞ受けている様子はないはずじゃ。それなのに物事が分かっているのは何故じゃ?
成人になったばかりのハナタレなのに、そこらの商人や宮仕えよりもよほど頭が回るぞ。
なによりも魔法じゃ。
ワシは長命種じゃから魔法の扱いに関しては自身はあったが、小僧のそれは次元が違った。
こっそりと見てた、街の石畳の整備なんか一体いくつの操作を同時にやっておったのか分からんかったぞ。土魔法が得意なワシですら似たようなことはできん。それほどの精度と同時性じゃった。
それに小石を蹴った時の魔法じゃ。魔法の性質上、瞬間的なパワーはなかなか出ん。出すには長い詠唱や魔法陣、代価が必要なのにそれらを使っていた気配はなかった。なのにあの威力、
そんなバケモンにワシは最近警戒されておるようじゃ。そのせいでこいつを前にすると酔いが醒めてしまうようになった。
ワシはただ仕事中に呑んだくれてダラダラしてたいだけなんじゃが、なんでこうなった!?
だからこうして2人で腹を割って話し合うよう、ジャングルに一緒に入ったわけなんじゃが……
『バスッ』
ジャングルへ入るとき違和感を感じたら、とりあえず牽制すると言った小僧。それをワシは特に止める理由はなかった。
そして蓋を開けたらこれじゃ。牽制と言って毎回あの凶悪な石蹴りじゃ。ネミミのような小動物でもウウフルのような中型の動物も即死じゃ。
「……そんな強いのを撃ち込んで、もし人に当たったらどうするんじゃ?」
「その時は声を掛けるから大丈夫だ。低い位置の草や葉が揺れた時だけ石蹴りをしているから問題はない」
問題がないなら、もうちょっと弱い攻撃にしてくれと思うんじゃが。群れで襲われると厄介だと言われるとワシはこれ以上何も言えんわ。
もうそろそろ昼じゃ。小僧は相変わらず石蹴り、ワシは周り見ながらを歩くだけ、体は楽だが空気はすこぶる悪い。
しかし警戒をしながらのジャングルなのに、一向にワシに対しての警戒を緩めんな……。
「もうすぐ昼じゃ。そろそろ休憩せんか?」
「まだ大丈夫だ」
「ならもう少し進むか……」
それから2時間ほどが経ち、小僧の方から休もうと声を掛けた。この間もやはり小僧はほとんど石蹴りで動物を仕留めておった。
小僧は敷物を敷き、その場で座る。ワシも同じように腰をおろした。
「…………」
「なあ、休むときにもそんな気を張っていて疲れんのか?」
「…………」
一瞬だけ苛ついた表情を浮かべた小僧はすぐに無表情になり、顔を逸らした。警戒している相手にそんなことを言われるんじゃから当然の反応といえよう。
いやはや、いよいよ心を完全に閉ざされたな。ならいっそのこと思い切り苛つかせるか。
「おい、こっちじゃ。こっちに行った方が川が見つかるぞ」
「…………」
休憩を終え、1時間ほど歩いた。周りは相変わらずのジャングル。
しかし小僧はずっと迷う素振りなく最初に打ち合わせをした方向どおりに進んでおる。
そこへワシが小僧が進みたい方向とは違う方を指した。ワシが指したのは坂になっている方向、高台に上がれば川も見つかりやすいという意見じゃ。
「……確かに高いところから見れば川が見つかるかもしれないな」
「そのとおりだと思わんか?」
「ああ。ならこうした方がいい」
「!!?」
小僧は気に向かって走り出したと思ったら、木と空中を交互に蹴って空を飛んだ。
そういえば宙に浮けるとか言っておったな。これだけでかなりの使い手なんじゃが……
ワシが小僧がどこまで高く飛んでいくのかを眺めていると、あっという間に3階建てのギルド3つ分の高さまで上がりおった。
そこでしばらく止まったまま遠くを眺め、小僧は見えない柱を伝うようにスルスルと降りてきた。
「どうじゃった?」
小僧は首を振り、空振りに終わったことを伝えた。
仕掛けるならここじゃ。
流石にワシでもあれだけの高さから遠くを見て、川がないと分かれば引き返すべきじゃと分かっておる。
「ならこのまま進むしかないな」
「はぁ?」
だが嫌がらせをするなら、あえて逆に進むという判断をする。
狙い通り、小僧の顔に不満の色が出おった。
「小僧は気づかなかったかもしれんが、チラホラと有用な薬草も生えておった。多分この辺りまで道を開くだろうから問題はなかろう」
もちろん嘘じゃ。
余程、珍しい薬草の群生地があっても道を切り開くのはコストに合わん。
じゃがあくまでも小僧は新人冒険者、依頼主がギルドである以上余程の理由が無ければその職員のワシの意向に従う他はない。
さてどう出る?
「……わかった。ただし――――」
「そうか、ではウリュウの街に戻るぞ」
「おい」
小僧は立場を考え、従うことを選択した。
それじゃあダメだ。やってることが青臭くて仕方がない。
さて、ダメな後輩に説教をせんとなぁ。
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