第3話





「ふぅ」


木の積み木を7つ、空中に待機させ1つずつ積み上げる。日々、集中力を必要とする課題をこなすことを目標としている。

風魔法で思い浮かんだことは大体試した。今では軽いものなら部屋の中をイメージ通りに自在に動かせる。


風魔法を突き詰めると気体を操る魔法となる。軽いものを動かすのにはそれ自体が揺れないための措置が必要だ。その結果、空間に気体でできた硬い箱を作り、物を動かすことになった。


魔法の行使は運動と同じようなものだ。軽いものなら歩くのと同じようにかなり長時間、他のことに意識を割きながらでも続けることができる。

また全力ならば1分も続かない。疲労と同じように自然回復をするというものだ。


僕にはこの世界を楽しめないという不安がある。現時点では魔法の検証に打ち込むことができており、充実はしている。

しかしこれが10年続くとは思えない。こんな風にネガティブに考えてしまうほどに僕の症状は重症なのだ。


話を戻そう。


副産物的な発見もあった。魔法の精密性が上がったことによって魔法が有効に使える範囲というものがわかった。それは体の中心から約3メートル、それ以上離れるほど出力が弱まってしまう。

案外イメージと違って、攻撃魔法は近い距離で使うことが前提なようだ。


それと魔法も使えるようになった。僕はそれを『脳内魔法』と呼んでいる。

さっきの魔法の範囲の話に関係する。自分に魔法を掛けたほうが効率がいいのでは? という考えになった。


まず試してみたのは身体能力を上げる強化魔法。これはかなりコントロールが難しかった。魔法で強化するイメージと実際に体を動かすのを同時にやるのも難しさの原因だろう。

強化が弱くては意味がないが、強すぎると体に負荷が掛かり、筋肉痛やケガをすることになる。とっさに使っても安全なように長期間の訓練が必要だ。


脳内魔法はそれとは全く別のアプローチだ。

イメージは前世の静止画の編集だ。黄色のインクのような線をイメージしたら自分の視界に描くことができた。

これがかなり応用が利く。


まず魔法の練習をしていてもバレない。暇があればずっと練習をしている。燃費もものすごく良く、本当に常に視界に何かしらの線や文字が映り込んでいる。

魔法で物を飛ばす前にも線を描いている。そうすると軌道の精度が上がるし、連続して飛ばすときには修正もしやすい。

もしテストを受けるようなことがあれば脳内カンニングペーパーを作ることも可能だろう。


周りに気づかれずに使える脳内魔法、思い浮かぶ色々な方向に開発をした。

間違いなく傑作といえるのが『索引インデックス』。辞書のように語句や人物名を頭文字で管理することが可能だ。それに加えて特徴を入れておけば「この人誰だっけ?」と忘れた時に候補を出してくれる。


ちょっと危ないかもと開発に慎重になっているのが『自己暗示』。魔法を掛けた瞬間に眠れたらいいなと思って開発した魔法で雑音や雑念を一時的に消すことに成功した。

開発を続けていけば興奮状態を沈めたり、やる気になったりと精神のコントロールも可能になるかもしれないが、しかしリスクも大きい、慎重に進めることにする。


それと魔法ばかりを使っていたおかげか魔力が増えたようだ。

最初は水桶を3回持ち上げるのが限界な貧弱さだったが、今では多分大人を4,5人それなりの高さに吹き飛ばすことができる。

魔力量や精度も上がったが瞬間出力もかなり上がった。


魔法の練習をしていると、とある疑念が浮かんでくる。


前世の科学技術は凄まじいものだった。産業革命から300年間、人間の想像を超えた偉業は数多くある。

それに比べて魔法だ。前世の世界とは違う法則で実現するこの現象は果たして科学技術で再現が不可能なのか?

おそらく僕がやっていることはほとんどが再現可能だ。その発展形も科学技術が進めばいつかは同じことができるだろう。


これは多くの人間が体験してきた現象だ。

新しいテクノロジーに触れて、興奮し、使い倒し、こんなものかと勝手に分かった気になり放り出す。

僕は魔法に便利さを求めるから放り出すつもりはないが、興味はかなり薄まってしまった。





「ぱぁぱ。いってらしゃぁー」

「ティムぅー、パパがんばるからなぁ~」


1歳の誕生日から8か月ほどが経とうとしていた。、僕はしゃべるのに慣れてきた時期だ。コツは間を空けてしゃべること、わざと噛むこと、ゆっくり喋ること。


やはり両親は良い人だ。

一方で僕は他人の家に住みつき、両親を欺きながら生きている。

欺いてることに心が痛むが他人が入っているとバレて失望もさせたくない。


そんな僕に朗報だ。

母が身ごもった。お腹が少し大きくなっている。

両親はまだ10代らしくとても若い。若いうちに次々と子供を産むことが村では普通だ。子沢山な家が多い。


次々と下の子供ができれば僕に対する愛着は薄れるだろう。

家出か見送られる形か、村を出る未来は近づいている。

それまでに両親と村のためにやれることはやっておきたい。


僕は前世でつまらない人間だったのだろう。

人に恩こそ感じているがその大本が損得勘定だ。できた縁を大切にするどころか、清算しようとしている。


ここにきて、便利だと思っていた前世の記憶に嫌気を感じてしまう。

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