第90話 噂
「コレットってウザくね?」
それは誰が言い始めたのかわからない。
だが、その言葉は、悪意は、静かに教室の中を蝕んでいった。
「ジルベールはなんであの平民をそんなに贔屓するんだ?」
「ん?」
ある日、クラスメイトと談笑していると、ふとそんな話になった。
あの平民って、コレットのことか?
「コレットのことなら見てて面白いから、かな?」
まぁ、本当は将来コレットに殺されることのないように仲良くしておこうと思っているだけだ。だが、コレットを見ていると面白いのも事実。コレットは独自のルールに従って動いていて、破天荒だ。その我が道を行くスタイルは、見ていて清々しさすら感じる。
そうだね。オレはいつの間にかコレットを気に入っていたのだ。危なっかしくて目を離せないというのもあるが、コレットと一緒にいることを楽しいと感じる自分がいるのは事実だ。
「面白い? あの無礼者が?」
クラスメイトの男は、オレの正気を疑うような顔をしていた。そんなに驚くようなことか?
しかしまぁ、たしかにコレットは無礼で無知だけど、久しぶりにコレットを無礼と咎める声を聞いたな。一番偉いエグランティーヌがコレットの態度を許しているから、クラスメイトのみんなにももう受け入れられたとばかり思っていたよ。
「エグランティーヌ殿下が受け入れられているからなぁ」
「それだ! エグランティーヌ様もなぜあのような無礼者ばかり寵愛なさるのか!
たしかに見てくれはいいが、あんな礼儀知らずは猿も同じだ!」
「えぇー……」
なんとも過激な発言だ。コレットが聞いたら怒り出すぞ……。
でも、拳を握って力説しているクラスメイトの気持ちもわからんでもない。
ようはコレットに対して嫉妬しているのだろう。貴族の自分はエグランティーヌに相手にされず、平民のコレットばかりが相手にされていたら、コレットに悪感情を持っても仕方がないかもしれない。
しかも、当のコレットは貴族というか王族相手にもタメ口を聞く礼儀知らずだ。そりゃ不機嫌がマッハになっても自然かな。
しかし、この流れはあまりよろしくない。この子のガス抜きのためにも話を聞いてあげようかな。
「まぁまぁ落ち着けよ。話なら聞くからさ。あまり大ぴらに言うと、エグランティーヌ殿下への批判になりかね――――」
「よう! 何話してるんだ?」
オレの話を遮るように、クラスメイトの少年二人がやってきた。
「二人とも聞いてくれよ。あの平民、調子に乗っていないか!?」
やってきたクラスメイトに対して、ぶつけるように言う目の前の男。その目には明確な敵意が浮かんでいる気がした。
「平民?」
「あのコレットって奴だろ? エグランティーヌ様のお気に入りの立場でやりたい放題だよな」
「ああ! あいつか。確かに目に余るな」
やってきたクラスメイトたちも一気に感情が高ぶり、不機嫌そうな顔を見せた。
「仮にも僕たちは貴族だよ? なんで平民にデカい顔されなくちゃいけないんだ!」
「そうだそうだ!」
「これは罰が必要なのでは?」
罰?
三人集まって気が大きくなったのか、少年たちはヒートアップしていく。
ある程度ならばガス抜きとしていいかもしれないが、さすがにこの流れはマズい。
「仮にコレットを罰したとしても、彼女はエグランティーヌ殿下のお気に入りだぞ? 殿下のご不興を買うだけじゃないか?」
エグランティーヌの威を借りるのは情けないが、貴族にはこれが一番穏便で有効だろう。あまり彼らを押さえつけるようなマネはしたくないが、コレットに危害が及ぶことは防がねばならない。
少年たちは一瞬だけ怯むような態度を見せたが、すぐにムキになったように口を開く。
「そうは言うがな、ジルベール。あの無礼者を野放しにしておく方が危険だ」
「今でさえ、エグランティーヌ様の寛容さに甘えてやりたい放題なのだぞ?」
「そうだ。たとえエグランティーヌ様のご不興を買うことになったとしても、我らが身分の違いというものを教えてやらねばならない! エグランティーヌ様の悪評が立ってからでは遅いのだ! エグランティーヌ様もきっとわかってくださるはず」
「うむ!」
「そうだな!」
止まってくれると思ったんだがなぁ……。
彼らはエグランティーヌのために自分を犠牲にしてまで行動を起こす自分たちに酔っているのだろう。自分たちこそが真の忠臣と思っているのかもしれない。
彼らの言い分もわかるんだよ。そして、彼らの言葉が一部正しいことも。
今はまだ物珍しさとコレットが新人戦でベスト8だったことでそんなに声高にコレットを責める言葉はない。だが、この状態が続けばいつかは破綻するのが目に見えている。
コレットは平民。それも貧民の生まれだ。そんな彼女に身分秩序を越えていつまでもデカい顔をされていたら不満にも思うだろう。
しかも、コレットの後ろ盾がエグランティーヌというのもよろしくない。このままでは、エグランティーヌの見る目がないと言われかねない状況だ。
意外と仲のいい二人の仲を制肘するのは心苦しいが、致し方ない部分もある。二人の身分が違い過ぎる。元から仲良くするのは無理があるのだ。
だが、このままこの三人が動くと、たぶん追従するクラスメイトも出てきて問題が大きくなるだろう。それは避けたい。なんとか内内に解決したいな。
「まぁ、落ち着けよ。まずはオレに預けてくれないか?」
「ジルベールに?」
「どうするんだ?」
「オレがコレットに話してみよう。オレに時間をくれないか?」
「まぁ、ジルベールが言うなら……」
新人戦で優勝した威光があるからか、三人の少年は不承不承とと言った感じだったが頷いてくれた。
ひとまずは時間が稼げたな。コレットが大人しく頷いてくれればいいんだが……。
「はぁ……」
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