第91話 コレットの矜持
「え? ヤダけど?」
そんなわけでさっそくコレットに話してみたのだが、きょとんとした顔で断られてしまった。
「えぇー……」
殴りたい、このきょとん顔!
そんな気持ちを押さえて、オレは笑顔を浮かべて口を開く。口の端がヒクヒクしているのを感じた。
「コレット、たしかにナメられたくないっていうコレットの気持ちはわかるけどさ。ここでは礼儀作法ができていない方がナメられるんだ。それに、このままだとエグランティーヌ殿下に悪評が立つぞ? それはコレットも嫌だろ?」
「俺とエグランティーヌは命を預け合ってる仲間だぜ? 今更かしこまった態度なんてできるかよ。悪評がなんだってんだ。そんなこと言う奴は、俺がぶっ飛ばしてやるよ!」
「それだと悪循環なんだよなぁ……」
力こぶを作ってみせるコレットを見て、オレは溜息を禁じえなかった。
「いいか、コレット。コレットは強い。新人戦ベスト8だしな」
「まあな!」
コレットが得意げに無い胸を張って笑ってみせる。
まぁ、コレットが得意げになるのもわかるんだ。【勇者】のギフトで成長しやすいのはもちろん、こっそりダンジョンにも通ってるから、最近のコレットの成長は著しいからね。
だが……。
「だが、そんな強いコレットに対して、相手がまともに戦ってくるかどうかわらないぞ?」
「どういうことだよ?」
「いいか? 相手はコレットと正面から戦っても勝ち目がないから、姑息な手段を取る可能性が高い」
「あん?」
コレットは本気でわからないのか、首をかしげてみせた。
どうでもいいけど、顔面が整ってるコレットがやると絵になるなぁ。
「つまりは、嫌がらせだな。コレットやエグランティーヌ殿下のよくない噂を流したり、物を隠されたり……」
「ジルはそんな奴らに俺が負けると思ってるのかよ?」
コレットは腕を組んで不機嫌そうにオレを見ていた。
「ああ。負ける」
「あん?」
負けるという一言が気に障ったのか、コレットの目が細くなる。
「いいか、コレット。みんなが礼儀作法を守っている中で、礼儀作法を守っていないコレットは悪者なんだ。このままだと、そんな悪者のコレットを庇っているエグランティーヌ殿下も悪く言われてしまう」
「エグランティーヌは関係ないだろ!」
「関係大ありだ。今、コレットが許されているのは、エグランティーヌ殿下が気に入っておられるからなんだよ。今のコレットは、エグランティーヌ殿下に守られている状態なんだ。でも、それももう限界だ。このままではエグランティーヌ殿下は見る目がないと悪評が立つ」
「わかんねえ、わかんねえよ。俺に文句があるなら俺に直接言えばいいじゃねえか」
「それならいいんだけどね……」
相手が直接コレットを諫めるために決闘を申し込んでくるようなタイプなら対処は簡単だ。だが、相手もバカじゃない。こちらにとって一番嫌な手を打ってくるはずだ。
それが、コレットとエグランティーヌの間に溝を作ることだと思う。
元々身分がかけ離れている二人だからね。悪い噂などで溝を広げるのは容易いだろう。
せっかく仲良くなったコレットとエグランティーヌだ。外野が余計なことをすると思わなくもない。しかし、外野のクラスメイトたちのガス抜きのためにもコレットに礼儀作法をしっかりしてもらいたいのところだが……。
「コレット、礼儀作法の授業は受けてるんだろ? その通りに振る舞えばいいだけだ。人目がないところでは、これまで通りエグランティーヌ殿下にタメ口でもいいだろう。ただ、人目があるところでは、礼儀を重んじてほしい」
「俺はナメられたくないんだ! 貴族なんて、こっちが頭下げたってそれを当然と思っているような奴らだぜ? そんな奴らに頭を下げる意味なんてねーよ。ふんっ!」
「あの、オレも一応貴族なんだけど……? なにか嫌なことでもあったのか?」
「ああ! あいつら、俺がなにしてもクスクス笑いやがって! すっげー嫌味なんだよ! そんなに気に入らないなら、面と向かっていってみろってんだ、クソがッ! きっと俺が礼儀作法を完璧にしたって笑われるぜ? 貧民の子が見栄を張ってるってな! だから、俺は今の俺を貫き通すんだ!」
「えぇー……」
ふんすっ! と荒い鼻息を漏らすコレット。どうやらコレットにも相当不満が溜まっているらしい。
面倒な事になったな。コレットもこんなに不満を抱えているとは……。これじゃあ、コレットに素直に礼儀作法通りに振る舞うのは難しいかもしれない。コレットは負けん気が強いからなぁ。そこが彼女のいいところでもあるんだけど、今回はそれが悪い方に働いている。
「あの、コレット……」
「ジル、俺はもう決めたんだ。俺はぜってー負けねえ! ぜってー勝ってみせる!」
それだけ言うと、話は終わったとばかりにコレットは行ってしまった。
「えぇー……」
「どうしたんですか、ジル様?」
「アリス、人間関係って面倒だね……」
「はい?」
アリスのきょとんとした顔がオレの癒しだった。
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