第85話 お菓子屋さん
「そういえば、なんでいきなりお菓子屋さんに行こうなんて言い出したの?」
王都の街並みを走る馬車の中。向かいに座るプリチーアリスに問いかけてみた。
たしかにアリスはお菓子が大好きだけど、自分の欲望のためにオレを誘うとは思えなかったのだ。
オレとしてはいい変化だと思うけどね。アリスにはもっとわがままになってほしいと思うくらいだ。
オレには、アリスを恋人として好きな感情と、アリスを娘のようにかわいがりたい感情がある。おそらく前世の記憶があるからだろう。まるで父性のような感情がオレの中にもあるのだ。
だから、めいっぱいアリスを甘やかしたくなる。
「あの、実は……。お茶会でお出しするお菓子を選びたくて」
「お茶会の?」
アリスは、自分ではお茶会を開いたりしないが、よくお茶会に参加している。毎回持っていくお菓子を選ぶのもたいへんだろう。下手なものを出せばセンスがないと思われるだろうし、まさにお茶会に持っていくお菓子を選別することは女性社会ので戦う武器を選ぶに等しい。
「じゃあ、とりあえず有名店でも巡ってみる?」
「いえ、有名店のものは他の方がお出しすることが多いので、わたくしは隠れたおいしいお菓子を見つけてみたくて」
「ふむ……」
なるほど。たしかに、お茶会に参加するのはアリスだけではない。有名店のものを持っていけば、それだけバッティングする可能性もあるのか。
そして、お菓子が被る事態は当然ながら避けたいはずだ。そうなると、爵位の低い方が割を食うのが貴族社会である。
アリスの実家の爵位は男爵位。下から数えた方が早い。アリスは、みんなが持ってくるような有名店のお菓子は避けて、かつおいしいてセンスのいいお菓子を見つけないといけないのか。
女性社会厳しすぎない?
ただただゲームしながら世間話をしている男子とは全然違うね。
でも、そういうことならコルネリウスに王都のおいしいお菓子を聞いてきたオレの知識も役に立つかもしれない。
「探してみよう! この王都で一番おいしいお菓子を!」
「はい!」
そんなわけで、オレたちは御者のおじさんの知恵も借りて、王都のお菓子屋を巡っていく。高級店や果ては貧民街に店を構える素朴なお店までも網羅する勢いだ。
そして、そろそろお腹がきつくなってきたところで、ある一軒のお菓子屋にたどり着く。
その外観は……お世辞にもいいとは言えない。看板は外れかかっていて傾いているし、店も相当年季が入っている。ペンキも色あせて剥げてるし、ぱっと見お菓子屋さんというよりお化け屋敷に見えるほどだ。
「ここは……やっているのか?」
アリスに手を貸しながら馬車を降りる。
目の前のどう見ても営業中の店に見えない。まるで廃墟みたいだ。アリスも警戒するようにオレの後ろに隠れている。
怖いのかな? 怖がってるアリスもかわいいよ!
「はて……。私が子どもの頃はやっていたんですが……」
この店を紹介してくれた御者のおじさんが面目なさそうに言う。
「すみません。潰れていたようです。次に向かいましょう」
「ああ……。ん?」
「ジル様? どうかなさいましたか?」
馬車に振り返ろうとした時、ふと甘い香りが鼻をくすぐった。
「いや……」
匂いの元を探ろうとすると、どうやらこのオンボロなお菓子屋から漂っているらしい。
もしかして、営業してるのか? こんなボロボロの店で?
「ジル様?」
興味を引かれたオレは、アリスの手を離すと店のドアを少しだけ開けてみる。
途端に広がるのは、溶かしたバターのような甘い香りだ。それはどんな高級店にも負けないおいしそうな香りで……。視覚情報と匂いのギャップで脳がバグりそうだった。
「いらっしゃい……」
暗い店内、その奥から声が聞こえてきた。
「やってるみたいだ」
「大丈夫でしょうか?」
「まぁ、せっかくここまで来たんだし、入ってみよう」
ギシギシと軋む床に冷や冷やしながら店内に入る。店内は薄暗く、とても営業中には見えない。やっぱり潰れているのでは?
だが、そんな予想を裏切るように店の奥からよれよれの白い服を着たボサボサ頭に無精ひげの男が姿を現す。まるで骸骨のように細い男だった。
「お貴族様!? お貴族様がなんでうちに!?」
現れた男は、オレとアリスの姿を見るとガタガタとひざまずく。
「よ、ようこそリットリアへ。ご注文ですか?」
「あー……」
とりあえず入ってはみたものの……。掃除はしているようだが、こんなボロボロな店で作っている菓子がおいしいのか?
しかし、店に入ったのになにも注文しないというのもなぁ……。
「この店はなにを売ってるんだ?」
「うちはカトルカールを作っています! ご試食なさいますか?」
「あ、ああ……」
カトルカール? 聞いたことのない食べ物だな。食べても大丈夫かなと思いながらも頷いてしまう。
「今すぐ用意しますので! 少々お待ちください!」
男がいそいそと店の奥に帰ると、すぐに帰ってきた。
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