第78話 支部長ダミアン

「こちらです」

「ああ……」


 受付嬢に案内されたのは、そこそこ広い部屋だった。壁には隙間なく本棚が並び、ギッシリと本が詰まっている。部屋の手前にはソファーとテーブルがあり、その奥には大きな執務机に大きな男が座っていた。


 きらりと光るハゲ頭ともっさもさのヒゲがアンバランスな大男だ。おそらくドワーフだな。


「何の用だ?」


 ドワーフが鋭い目つきでオレと受付嬢を順番に見る。


「ギルド長、お顔が怖いですよ。笑顔です、笑顔」

「ふむ。そうか?」


 受付嬢さんの言葉に、ギルド長と呼ばれたドワーフが顔を両手でムニムニと揉んだ。


「どうだ?」


 ギルド長がニヤリと笑みを浮かべてオレを見た。


 なんというか、確実に何人か始末している者の顔だ。端的に言って怖い。顔面凶器だ。


「変わりありませんね。すみません、ギルド長は顔は怖いですけどいい人ですから」


 いやいやいや、この顔でいい人は無理があるだろ。子どもとか物理的にむしゃむしゃ食べてそうだよ?


「たまに職員への差し入れでケーキを買ってきてくれます」

「へー……」


 それはたしかにいい人だ。


 でも、その顔でケーキ屋とかよく行けたな。店にとっては軽い営業妨害じゃないか?


「まぁ儂のことはいい。それで、そっちの少年は何者か?」

「例の人物と思われる方をお連れいたしました」

「ほう……。また別人じゃないだろうな?」


 オレを見ていたギルド長の目が細められる。


「でも、猫ですよ?」

「たしかに猫だな」


 そんなに猫猫言わないでくれ。オレだってこんな格好は恥ずかしいんだぞ?


 でも、高性能だから仕方なく着ているだけなんだからね!


「儂はここ王都の冒険者ギルドの支部長をしているダミアンだ。キミの名前は? よければ顔を見せてくれないか?」

「ほら、挨拶してください」


 受付嬢にも促されて、オレは口を開く。


「名はジャック。顔にはひどい火傷がある。できればこのままで」

「そうか……。ではジャック、キミに訊きたいことがある。近頃、ダンジョンで変異個体が続けざまに撃破されているんだが……。心当たりはないか?」


 ふむ……。何の用かと思えば、ダンジョンの変異個体、レアポップモンスターについてか。


 この世界の冒険者は、レアポップモンスターの討伐に消極的だ。おそらく、ダミアンの言うレアポップモンスターの撃破はオレの仕業で間違いないだろう。


 だが、レアポップモンスターを倒しただけでギルドの支部長が一介の冒険者に会うだろうか?


 ちょっと探りを入れてみるか。


「べつに犯罪者というわけじゃないのだろう? 探してどうするんだ?」

「変異個体には懸賞金がかけられているのだ。変異個体の存在は、冒険者にとって危険だからね。もし、キミが変異個体を討伐したのなら、キミは懸賞金を受け取る資格がある」

「懸賞金か……」


 どうやら悪い意味で探していたわけではないらしい。


 だが、オレは年齢を偽ってダンジョンに潜っている身だからな。あまり目立つのはよくないだろう。ここは、はした金を捨ててでもしらばっくれた方がい――――。


「報告されているもので、討伐者がわからない変異個体が四体ある。ざっと金貨にして三百枚ほどの――――」

「オレだ。オレが倒した」


 やっべ。つい金貨三百枚につられて白状しちゃった。


 いやだって、金貨三百枚は魅力的すぎる。


 たしかにオレは新人戦の賭博でそれなりに稼いだけどさ。それでもお金はあるに越したことはないと思うんだよ。アリスのお茶会のお菓子代とか地味に高いんだよなぁ。それに、なんといっても学園の授業料もアホみたいに高い。


 アリスに恥をかかせないためにも、ちゃんと卒業して貴族として箔をつけるためにも、お金を稼がないと。


「やはりそうか。猫の格好をした冒険者なんてそうはいないからな」

「そうですねー」

「くっ」


 やめてくれ。オレだって好きでこんな恥ずかしい格好してるわけじゃないんだ……。


「ジャックと言ったか? 変異個体を倒した冒険者は、冒険者ギルドへの報告義務がある。忘れるなよ?」

「わかった……」


 人を殺しそうな目で忠告するダミアンについ頷いてしまった。


 まぁ、報告すれば金が貰えるらしいからこれからは報告しよう。


 あまり目立つマネはしたくないんだが、今のオレは金のためならそんな心情なんてペッと売れちゃうね。


「ジャック、お前は何級だ? ソロで変異個体を討伐できるんだ。強いのはわかる。だが、儂は高位冒険者のプロフィールは頭に入っているが、ジャックという名は知らない」

「ペーパー級だが?」

「……は?」


 ダミアンが間抜け面をさらしてオレと受付嬢を交互に見ていた。


「その、ジャックさんは一度も冒険者ギルドに昇級試験に来たことはないので……」

「オレはダンジョンに入れさえすればいいからな。冒険者のランクに興味はない」

「はー……」


 ダミアンは頭が痛いとばかりにおでこを撫でて、深い溜息を吐いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る