第59話 耳よりな情報

「オレのことはいいだろ……」

「そ、そうだよな。どんな格好しようが、お前さんの自由だよな。んで、冒険者は儲からないって話だったか?」


 男はジョッキを傾けると、酒臭い息を吐きながら訊いてきた。


「ああ。このクエストボードに貼られている依頼は、面倒なわりに報酬が少ないんじゃないかと思ってな」

「そりゃおめえ、ハズレだから残ってるんだよ」

「どういうことだ?」


 クエストに当たりハズレなんてあるのか?


「簡単な話だ。クエストは朝に貼り出されるんだが、わりのいいクエストはすぐに取られちまう。だから、こんな時間になっても残ってるのはみんなやりたがらないようなハズレばっかりだ」

「なるほど……」


 クエストにもそんな事情があったのか。ゲームの知識だけじゃわからないことがたくさんあるんだなぁ。


「わりのいいクエストがやりたきゃ、朝早くに来るんだな」

「ああ。そうしよう。感謝する」

「お? ちょっと待て待て」


 そのまま冒険者ギルドを出ていこうとしたら、男に呼び止められた。何の用だ?


「お前、新人か? このギルドに来たってことはダンジョンに潜るんだろ?」

「ああ」

「なら、あっちは要注意だ」


 男が指差したのはクエストボードの隣のボードだった。


「あっちもクエストボードじゃないのか?」

「たしかにクエストボードなんだが、あっちは絶対に目を通しとけ。変異個体の目撃情報が載っている」

「変異個体?」


 なんだそれ?


 有無を言わさぬ男の態度に戸惑いつつも、オレは隣のクエストボードを見た。そして、驚いた。


 なんと、レアポップモンスターの目撃情報が載っているのだ。


「マジか……。なんでみんな倒しに行かないんだ?」


 レアポップモンスターなんて歩く宝箱だろうに。たしかに、なにもドロップしない時やハズレアイテムの時もあるけど、倒して損はないはずなんだが……。


「倒す? まぁ、たしかに誰かが倒してくれたらありがたいけどよ。ダンジョンで怯えなくて済むからな」

「怯え……?」


 レアポップモンスターは、たしかにその階層で出るモンスターよりも強いが、倒せないわけでは……。


「そうか……」


 そこまで考えて、オレは気が付いた。おそらく、過去の冒険者たちは何度もレアポップモンスターたちに痛い目を見てきたのだろう。


 ここはゲームみたいな世界だが、現実だ。死んだらそれで終わりである。そんな世界で、誰が危険を冒してレアポップモンスターを倒すというのだろう。


 確実にレアアイテムが手に入るなら、それでもレアポップモンスターを倒そうという冒険者はいただろう。だが、レアアイテムが落ちる確率はものによって違うが、それでも5%以下がほとんどだ。


 命を懸けて、そんな低い確率のギャンブルなんて誰もしない。


 もしかしたら、レアポップモンスターからレアアイテムがドロップすることすら知らない可能性すらある。


 だから放置してるんだ。


「ありがとう、とても参考になったよ」

「なに、いいってことよ。お前さんも長生きしろよ!」

「ああ。お互いにな」


 オレはレアポップモンスターの目撃情報を頭に入れると、すぐに踵を返して冒険者ギルドを出た。


 まさか、こんなおいしい状況になっているとはなぁ。


 普通なら、見つけるのがたいへんなレアポップモンスターの目撃情報が、まさか冒険者ギルドに堂々と貼られているとは思わなかった。


 今すぐにでもダンジョンに潜りたいところだが、今は鉄球も不足しているし、学園の門限も迫っている。


 別に学園の門限なんてどうでもいいが、レアポップモンスターに挑むなら、装備はちゃんと充実させたい。


「また今度だな……」


 今すぐにでもダンジョンに挑みたい気持ちを抑えて、オレは受付嬢に教えてもらった鍛冶屋に向けて歩き出した。


 鍛冶屋で、なるべく鉄球を早く作ってくれと頼み、オレは宿に寄って学園に帰ってきた。


 休日だからか、学園は緩い空気に包まれていた。男子寮に帰ると、ちょうど食事の時間になり、コルネリウスと一緒に食堂で夕食を取る。


「なんか嬉しそうだな? なにかあったのか?」

「うん。実は今日も観劇にいったんだけど、今日の劇はアドリブが多くてね。とても楽しかったんだ」


 目の前のクマみたいなコルネリウスが、うっとりとした目で語る。


 なんでも、劇のアドリブというのは、基本的にその時にしか聞けない一期一会のようなもので、その中でも質が高いものとなると、本当にレアな体験らしい。


「それはよかったな」

「ジルも嬉しそうにしてたけど、なにかいいことでもあったの?」


 どうやらオレのウキウキはコルネリウスにもわかるほどだったらしい。


「ちょっといい情報が手に入ってな。次の休日がとても楽しみなんだ」

「それはよかったね。ワシも次の休日が待ち遠しいよ」

「また観劇に行くのか?」

「うん。やっぱり同じ役者の人が演じていても円熟度によってまるでお芝居が違うからね。毎回新鮮さがあって面白いんだ」


 オレのダンジョン好きも大概だと思うが、コルネリウスの観劇好きには負けるかもな。

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