第9話 影とタスラム

「はー、ふー……」


 黄金の神殿の入り口で足を止め、大きく深呼吸する。これから最後の番人との決戦だ。


 覚悟を決めて一歩足を踏み入れると、黄金神殿の中央にまるで湧き出したのかのように漆黒の水溜まりが出来上がる。


 漆黒の水溜まりから飛び出してきたのは、まるでオレと瓜二つの格好をした影だ。


 これこそがこの神殿最強の守護者にして宝箱の番人。もう一人の自分だ。


「まぁ、出てくるよな。前世のデータの最強装備じゃないだけマシかな……」


 影は今のオレの姿をしている。その装備品も今のオレと同じだ。そして、ステータスも同じ。まったくの同一人物だ。


 オレは今からこいつを倒さなくちゃいけない。そうしないと、最強装備が手に入らないからな。


 静かにファイティングポーズを取ると、影もまるで鏡写しのようにファイティングポーズを取った。


 ん?


 影がゆっくりと体を前に倒してる……?


「ッ!?」


 次の瞬間、影がオレの懐に飛び込んできた。何の前触れもない前進。縮地だ。こいつ、縮地を使いやがった!?


 縮地はマチューも知らなかった地球の技術だぞ!? オレの頭の中までコピーしたっていうのか!?


 なんとか転げ回るようにして影の一撃を回避する。影の拳の速度も尋常じゃなかった。おそらく『ファストブロー』のスキルを使ったのだ。


「怖すぎるだろ……」


 前世のゲームの時は、最強ステータスの最強装備の影が出てきて倒すのに苦労した。


 それに比べれば、たしかに遥かに弱い影だ。


 だが、今のオレと同じ能力を持っている。それがこんなに厄介だなんて……。


 心の中でどこか下に見ていた影の脅威を上方修正する。


 オレは素早く立ち上がると、陰に向き直った。


 影は後方に収納空間を展開していた。


 ヤバいッ!?


 ボウンッ!!!


 風切り音の多重奏が響き渡り、漆黒のボルトがまるで暴風雨のように横殴りに吹き荒れる。


「ふぅー……」


 なんとか収納空間の展開が間に合い。漆黒のボルトの群れを収納することができた。あと一瞬でも遅れていたら、オレはミンチになっていただろう。まったく、恐ろしい技だな……。


 オレは収納空間を後方に展開し直すと、再び影と向き合う。


 影は収納空間を後方に展開したままだ。


 よくよく注意してみると、影がまた体軸を前方に少しずつ倒していた。縮地の前兆だ。


 その瞬間、飛び込んできた影にカウンターを狙う。


「ファストブロー!」


 オレの『ファストブロー』は、飛び込んできた影の額にクリーンヒットし、影を殴り飛ばした。追撃のためにダッシュすると、影の収納空間がオレの行く手を阻む。


「チッ!」


 ボウンッ!!!


 影の発射したボルトの群れを収納空間に収納してなんとかやり過ごすと、その隙に影は起き上がっていた。


 邪魔だな、収納空間。こんな使い方もあるのか。


 収納空間は大砲みたいなものだ。それがいつでもオレの照準に捕らえているのは縮み上がる思いだ。受け損ねれば、即座にミンチになってしまう。


 影はオレから一定の距離になると、またしても縮地の前兆をみせた。


 またカウンターを入れてやろうとしてところでふと気が付く。影の収納空間が移動している。


 ボウンッ!!!


 そのことに気が付くと同時に、漆黒のボルトが吹き荒れる。


 オレは即座に収納空間を前方に回して漆黒のボルトの嵐を乗り越えた。


 危なかった。またカウンターを狙っていたら、ミンチになっていたかもしれない。


 だが、オレの視界は自分の収納空間によって遮られてしまった。これではどこに影がいるのかわからない。


 そう思っているだろ?


 わざと足元が見えるように隙間を開けておいたんだ。


 オレは収納空間を高速で横に展開する。影が殴りかかってきたのはそれと同時だった。


 オレは影の拳を敢えて無防備に受ける。それよりも大事なことがあるからだ。


 影は、オレを殴るために一歩踏み込んで触れてしまったのだ。オレの収納空間にな。


 あとはもう火を見るより明らかだ。


 オレは収納空間を解除すると、影が上半身と下半身が分断された。そして、飛んできた影の上半身にアッパーを喰らわせる。


 完全に腰から下を失くした影の体が宙を舞った。


「あばよ」


 ボウンッ!!!


 オレは今まで溜め込んだ漆黒のボルトを影の上半身に叩き込む。


 影はまるで爆発するように姿を消し、黄金神殿の中央には大きな宝箱が現れた。


 宝箱は閉じた状態だ。否が応でも期待値が上がっていく。


「ごク……ッ」


 オレは唾を飲み込むと、意を決して黄金の宝箱を開ける。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 オレは思わず雄叫びを開けてしまった。中に入っていたのは、歯車を思わせる白いナックルダスターだ。これこそが作中最強装備『タスラム』だ。まさか、本当に手に入るとは思わなかった。


「かっけー! マジか!? 本当にこんな序盤で手に入れちゃっていいんですか!?」


 興奮から久しぶりに敬語が出てしまった。


 さっそく手に取ると、タスラムはしっくりと手に馴染んだ。


「やべー……。まだゲーム開始前なのにタスラムが手に入るとか。どんなチートだよ!? やっべーわ」


 待てよ?


「ここでダンジョン最終階層の踏破ご褒美貰えるってことは、他のダンジョンでも貰えるのでは?」


 やっべー! テンション上がってきたー!!!

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