第9話 黄金神殿

 日課のランニングを終え、マチューとの稽古を終えた後、オレは一人で街に繰り出していた。本来なら、護衛や使用人が付いてくるところだが、オレには付いてこない。楽でいいね。


「さて……。まずは服だな。それと、顔もどうにかしないと……」


 さっそくオレは冒険者用の服が売っている店に入る。ダンジョン都市オレールは冒険者の街だ。冒険者用の店がいたるところにあり、探すのには苦労しなかった。


 店に入ると、鎧下や革製の服などさまざまな種類の服が並んでいた。


「これとかいいんじゃないか?」


 オレが手に取ったのは、白色の盗賊用の装備だった。これなら動きの妨げにはならないし、ダンジョンの中は白いから目立たないだろう。


 装甲は紙みたいなものだが、オレにはある秘策があった。


 近くにあった白い骸骨の仮面も一緒に買うと、オレはいそいそと着替えて冒険者ギルドへと向かう。


 ダンジョンに入るには、いくつか方法がある。オレが今回目を付けたのは、冒険者証を手に入れることだ。


 オレは栄養状態が良かったのか、十一歳にしては身長が高い方だ。小柄な成人と偽ることは可能だろうと思ったのだ。現に、オレと同じくらいの身長の冒険者もいたからな。たぶんいける。


 大通りにある石造りの堅牢な建物。それが冒険者ギルドだった。


 大きなドアを開けて入ると、左側が飲食スペース、右側が受付カウンターになっているようだ。飲食スペースには、十人ほどの冒険者がいた。お昼から酒とかいいご身分だな。


 オレは右の受付カウンターへと足を進める。カウンターには、二十歳ほどの受付嬢がいた。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「冒険者として登録がしたい」


 オレは意識して低い声を出した。オレはもう声変りをしているし、必要ないといえば必要ないのだが、少しでもオレがジルベールだとバレるのを防ぐためだ。


「かしこまりました。一応確認いたしますが、成人していますか?」

「ああ、今年で十六になる」

「こちらの紙に名前のご記入お願いできますか? 代筆も承っておりますが……」

「代筆で頼む。名前はジャック」

「ジャックさんですね」


 その後もいくつか受付嬢の質問に答え、オレは羊皮紙が革紐にぶら下がった首飾りを受け取った。


「ジャックさんは、一番初めの階級であるペーパー級になります。いくつかクエストをこなしたり、ダンジョンで一定階層以上をクリアすると、次の階級であるホワイトウッドになれますよ。詳しい説明を聞きますか?」

「いや、ダンジョンに入れればそれでいい」


 オレはべつに冒険者としての栄達を望んでいるわけじゃない。文字通り、ダンジョンへのカギ以上のことは求めていないのだ。


「ダンジョンに入るおつもりであれば、パーティを組むのをお勧めしています。パーティ参加希望を出しますか?」

「必要になれば出そう。世話になった」


 オレは受付嬢との会話を早々に打ち切ると、ダンジョンへと向かう。


 どうやら仮面のおかげでオレがジルベールだとバレなかったみたいだな。もしかしたら、実年齢も仮面のおかげで騙せたかもしれない。


「ペーパー級か、気を付けろよ」

「ああ」


 ダンジョンを警備している兵士に冒険者証を見せてダンジョンの中へと入る。


 そして、最初の部屋の中央にあるモニュメントに手をかざすと、やはり101と表示された。オレの最高到達は第百階層になっている。


「じゃあ、いくか」


 オレは101の数字をポチッと押すと、瞬間、景色が歪んだ。


 目の前に広がるのは、この世のものとは思えない黄金の宮殿だ。


 床も天井も壁も、すべてが黄金に輝き、細かな細工が施されている。きっとこの世を統べた帝王でもこの景色は作れまい。


 これこそがダンジョン踏破者のみが見ることができる景色だ。ゲームで見た時は成金趣味だと思ったものだが、成金趣味もここまでくると凄みすら感じるね。まるで自分が矮小なものになった気分だ。


「さて……」


 オレは一歩ずつ確かめるように黄金の階段を上っていく。階段の頂上に見えてきたのは黄金の解放された両開きの扉だ。


 まるでオレを迎え入れるように開かれているが、これも試練の一環なのだとオレはもう知っている。


「いるんだろ? 出てこいよ」


 そう言ってみても黄金の神殿にはなにも変化がない。


 やっぱり、入らないと作動しないのかな?


「はー……。ふー……」


 緊張からか、体が震えた。オレは大きく深呼吸すると、じっと黄金神殿の中を検分する。


 黄金神殿の中には、なにもなかった。本来そこにあるべき宝箱も、財宝も、なにもかも。


 だが、これでいい。


「いくか……!」


 オレは自分で両頬を張ると、気合いを入れなおした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る