第56話 騎士のお仕事とお金

 騎士の朝は早い。


 まだ早朝といってもいい時間。目覚めた瞬間に飛び起きて、急いで制服に着替えると、まずは食堂に向かう。


「おはよう、コルネリウス。今日も早いな」

「おはよう、ジル」


 食堂に行くと、もうコルネリウスは食事を取っていた。コルネリウスは大きいから見つけやすくていいね。


「そんな量でたりるの?」

「オレに言わせれば、コルネリウスの食べる量がすごいんだよ」


 目の前でモリモリと朝から肉を食うコルネリウス。見ているだけで胸焼けしそうだ。


「食べないと、すぐにお腹が空いちゃって……」


 コルネリウスは少し恥ずかしそうに言った。コルネリスは顔の下半分がヒゲに覆われていて表情が読みにくいが、その分、目は正直だ。


「いいんじゃないか? コルネリウスはデカいし、筋肉も多い。その分、代謝も多いんだろう」

「たいしゃ?」


 あぁ、代謝なんて考えはまだこの世界にはないのか。


「ガソリン……は違うな。うーん……。まぁ、あれだ。重いものを動かす時にはたくさんの力が必要だろ? コルネリウスはただ歩くだけでもオレよりたくさんの力が必要なんだ。だから腹が減るんだよ」

「そういう考え方もあるんだね。ジルは物知りだね」

「そうかな?」


 そんな他愛のない会話をしつつ、オレたちは急いで朝食を終える。


 朝食を終えたら、すぐにエグランティーヌの離宮に向かった。とはいっても、オレたちは男だからエグランティーヌの朝の準備を手伝うわけにはいかない。このまま離宮の入り口で待機だ。


 離宮の入り口の左右に立って、ぼんやりと時を過ごす。


 今は一応警備中だからね。私語は厳禁なのだ。とても辛い。


 それからしばらくすると、離宮の奥の部屋からエグランティーヌが出てきた。眠そうな顔をしたエヴプラクシアも一緒だ。


「「エグランティーヌ殿下、おはようございます」」

「おはようございます、二人とも」


 エグランティーヌとあいさつを交わすと、オレたちはエグランティーヌの後ろに控えて教室まで歩いて移動する。教室の中にはちらほらと生徒の姿があった。


「おはようございます、皆さん」

「おはようございます、エグランティーヌ様」

「おはようございます」


 そしてエグランティーヌが席に着くと、オレたちの朝のお務めは終了だ。エヴプラクシアなんて、自分の席で頬杖をついて眠りの世界に旅立とうとしている。彼女の話では、エルフは朝に弱いらしい。侯爵家ご令嬢の貴重なふにゃふにゃシーンだ。


 教室ではあまり騎士としての仕事はない。なにかあった時もエグランティーヌの隣に座っているエヴプラクシアが時間を稼ぐ算段だ。


 まぁ、騎士なんて言っても、まだ成人していない学生だからね。わりと仕事内容ははゆるい。それでいてお給料まで出るんだから、簡単なお仕事と言ってもいいだろう。


 ムノー侯爵家の金を自由に使えなくなったオレには嬉しい臨時収入だ。


 ムノー侯爵は、オレが新人戦で優勝したと知ると、お叱りのお手紙を送り付け、今後は侯爵家の金を自由に使うのは許さないとオレの歳費を停止した。


 どうも、来年入学するアンベールの活躍が霞んでしまうと考えたらしい。金が欲しければ大人しくしていろというわけだな。


 オレはいつかこうなることはわかっていた。だから、今まで貯蓄してきたわけだ。ひっそり新人戦のギャンブルにも手を出していたしな。勝敗がわかっているから大儲けできたよ。


 まぁ、多少の贅沢をしても卒業までは安泰だな。


「アリスたちはまだ来てないか……」


 とりあえず自分の席に座ってはみたが、話し相手がいない。寂しい。


 オレは立ち上がると、コルネリウスに向けて歩き出した。ちょっと相手してもらおう。


 コルネリウスはなにか本を読んでいるようだな。


 大きな体で小さな本を見ているその姿は、なんだかちぐはぐで面白い。


「なにを読んでいるんだ?」

「ジル? 実は、今公演している舞台の原作が手に入りまして」


 そう言って嬉しそうにしているコルネリウスはなんだかかわいらしい。クマさん的なかわいらしさだ。


「今はどんな作品が流行ってるんだ?」

「今は美しい姫と醜い男の恋物語ですね。最初、姫は目が見えないのですけど、男の活躍によって目が見えるようになるんです。その時の男の葛藤と、それでも変わらず男を想い続ける姫の心が胸を打って……!」


 すごい熱量で一気にまくし立てるコルネリウス。こんなに雄弁な彼は初めて見た。


「おっと、すいません。つい語りすぎてしまいました……」

「コルネリウスは物語が好きなんだな」

「愛しています! 父親にはそんなものよりも槍をしごけと言われますけどね」


 コルネリウスはちょっと寂しそうに言った。


 まぁ、親の理解がない趣味というのはなかなか辛いものだからな。


「自分の好きは貫いた方がいいぞ。でなきゃ絶対に後悔する。それに自分の好きな者も守れずに、誰かを護るなんてできない。オレはそう思う」

「ジル……。ありがとうございます、元気が出てきました」


 朗らかに笑うコルネリウス。やっぱりこいつはクマさん的なかわいらしさがあるな。

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