第55話 騎士
「エグランティーヌ? どうしたんだい、そんな格好で? まぁ、そんな格好のキミも魅力的だけどね。でも、ちょっと人前に出るのははしたないかな?」
「ッ! お兄さまがジルを離宮に呼んだと聞いて急いで来たのです。もう! 今日は外に出たくなかったのに……」
本当に急いで来たみたいで、エグランティーヌははぁはぁと肩で息をしていた。制服も乱れているし、髪も乱れている。というか、新人戦の決勝でトドメに放った雷魔法のせいか、髪がちょっと変なパーマ気味だ。
「ジル、後生です。あまり見ないでください……」
「あ、ああ……」
エグランティーヌが恥ずかしそうに手で顔を頭を隠した。
やっぱりあのパーマ頭はエグランティーヌでも恥ずかしいらしい。
「それで、どうしたんだい? まぁ、私に会いに来てくれたのならそれでも嬉しいけれどね」
シスコンのエドゥアールはエグランティーヌの登場にさらに笑顔を深めていた。
「エグランティーヌにもお茶とお菓子の用意を」
「それどころではありません! お兄さま、ジルを自分の騎士に取り立てるつもりですね?」
「そうだよ。あの魔法に対する防御能力と、魔法を任意に放つ攻撃力。そして、エグランティーヌと互角といっていい格闘術。素晴らしい人材だ。私が自分の騎士に望んでもおかしくないだろう?」
そういえば、エドゥアールは人材の収集と育成が趣味だっけな。たしかゲームでそんなことを言っていた気がする。だから、ゲームでは貧民街出身の主人公だろうと自分の騎士にしようとしていた。
「たしかに、ジルは素晴らしいですけど、今回は遠慮してくださいまし」
「なんでだい? エグランティーヌ、負けて悔しい気持ちはあるのかもしれないけど、彼の才能はここで潰すには惜しいんだ。わかってくれ」
エグランティーヌはエドゥアールの言葉を否定するように首をゆっくりと横に振った。エグランティーヌのボンバーヘッドが、ゆっさゆっさと揺れる。
「ジルはわたくしの騎士にします!」
「エグランティーヌの?」
あれ? こんな展開はゲームにはなかったぞ?
どうなってるんだ?
「はい。ジルはわたくしの騎士にします。ですのでお兄さま、今回は遠慮してください。エグランティーヌのお願いです」
「エグランティーヌにお願いされたら叶えなくてはいけないね。というわけだ、ジル。キミにはエグランティーヌの騎士になってもらう」
「……はい?」
オレにはなにがなんだかさっぱりだった。いくら妹であるエグランティーヌに甘いといっても限度があるだろ!
「エグランティーヌの騎士になれるんだ。本当なら私がなりたいくらいだよ。ジルも文句なんてないだろう?」
「……ありません」
エドゥアールのあの目。あれは狂気を孕んでいた。怒らせたらダメな人だわ。
「これでジルはわたくしの騎士ですね! これからよろしくお願いします」
「はっ! よろしくお願いします」
できればエグランティーヌには関わりたくはなかったんだが、王族とのコネは欲しい。それにもう逃げきれない。
オレはすべてを諦めて、もうどうにでもなれと思いながら、エグランティーヌに向けてひざまずいたのだった。
◇
「それでエグランティーヌ様の騎士になったんですね……」
朝の顛末を語って聞かせると、右隣に座ったアリスが心配そうな顔でオレを見ていた。
「ああ。まさかこんなことになるとはな……」
さすがにゲームの知識を持ってるオレでも、予想外のことだった。ゲームにないことはしないでくれよ……。
「なあ、その騎士になるとなんかいいことあるのか?」
左隣に座ったコレットが首をかしげながら訊いてきた。
貴族ではないコレットには、あまりメリットが見いだせないのだろう。
「まず王族とお近づきになれるというのが最大のメリットだな。普通は顔と名前を覚えてもらえるだけでも苦労する。貴族って言っても、かなりの数がいるからな。それに、活躍すれば国王陛下の耳に入りやすい。それだけ将来の出世に有利だ」
まぁ、王族の私的な騎士に任命されるというのは、それだけの実力があり、信頼を勝ち取っていると意味でもある。エリートコースだな。将来はそれなりのポストが用意されることだろう。
オレにとってはムノー侯爵の反意を密告できるだけでもいいんだがな。
「ほーん」
コレットがわかったようなわからないような声を出した。
コレットは出世には興味なさそうだな。
「というわけで、今後はエグランティーヌ殿下と行動を共にすることが増えることになるだろう。ちなみに、シアとコルネリウスもエグランティーヌ殿下の騎士だよ」
「わかりました……」
「へー」
アリスは心配事でもあるかのように憂い顔で、コレットは興味なさそうに頷いた。
ちなみに、今日は話の中心人物であるエグランティーヌは休みだ。たぶん、あのボンバーヘッドを見られることを嫌ったのだろう。
オレがやったこととはいえ、エグランティーヌには悪いことしちゃったな。
早く治るといいね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます