第33話 馬車の旅
ダンジョンに潜ったり、ランニングしたり、マチューと稽古したり、錬金術をしたりしながら、オレとアリスの日々は過ぎていった。
相変わらず家族には嫌われているが、まぁ、その方がオレとしても見捨てやすいからどうでもいい。
たまに嫌味を言われながらのムノー侯爵領での生活。そんな生活も終わりを迎える。
王立学園に入るために王都に向かうのだ。
一応オレたちにも馬車を使うことが許された。まぁ、一番ボロい家紋もない従者用の馬車だけどね。御者は用意されたが、護衛の兵士もない。
うん、そうだね。嫌がらせだね。
不幸中の幸いなのは、御者のお爺ちゃんがいい人だということだ。オレとアリスにもちゃんと敬って接してくれる。
「男爵様、そいじゃあ出発しますよぉ」
「ああ」
「男爵様も婚約者様も馬車に乗らないので?」
オレとアリスも御者のお爺ちゃんと一緒に御者席に座っていた。
「せっかくの機会だからな。御者の技術を学びたい」
「わたくしもです。それに、こっちの方が景色がよさそうなので」
「不思議なお貴族様たちだなぁ。そいじゃ、出発しますよぉ」
お爺ちゃんは首をかしげながらも馬車を走らせた。
「馬は賢いんで、馬に任せておけばええです。こっちがなにかすんのは、分かれ道や休憩の時くらいでさぁ」
「なるほど……」
お爺ちゃんは、言葉通りに手綱を持っているだけで、特になにかしているわけでもない。案外簡単なのかもしれない。
そのまま馬車はオレールの街を出ると、一面の麦畑の中を通っていく。
そういえば、オレールの街を出るのは初めてのことじゃないか?
オレは今までずいぶんと狭い世界の中で生きてきたんだなぁ。
石畳だった街中ではそうでもなかったが、街の外に出ると馬車はけっこうガタガタと揺れた。馬車自体の性能が低いからね。仕方ないね。
屋敷から拝借してきたクッションが無ければ、きっとお尻が痛くなっていただろう。
「お爺さんも使いますか?」
アリスが手に持っていたクッションを御者のお爺ちゃんに渡した。
「いいんですかい? こんな高そうなもの……」
「そのために持ってきたんですもの。どうぞ使ってください」
「んでは、ありがたく……。おお! こりゃいいですな!」
オレたちはクッションで揺れを軽減しながら馬車に乗って道を進んでいく。
途中、池や川などがあれば、馬を休ませる。
馬はとにかく水を飲む。汗も相当かくので、専用のへらで馬の汗を拭ってやったり、干し草をやったり、御者の仕事というのは、馬車を操っている時よりは馬車から降りている方が忙しそうだ。
だが、お爺ちゃん御者は嫌な顔一つせず、まるで孫の世話をするように馬をかわいがっていた。
無論、オレたちも御者の仕事を覚えるために仕事を手伝った。
「まさか、お貴族様に手伝っていただける日がくるとは思いませなんだ」
お爺ちゃん御者はそう言いながらも朗らかな笑顔を浮かべていた。
夜。村に到着してもおじいちゃん御者の仕事を手伝ってから村長の家に泊まった。
村の質素な食事を食べると、屋敷での食事はアンベールたちには劣るが、それでも上等なものを食べていたんだなと気が付いた。
まず、大きな違いが塩だ。村での食事はかなり薄味だった。たぶん塩を節約しているんだろう。
そして、パンも違う。こっちは見た目からして違う。茶色いライ麦パンだ。
村長夫妻がしきりに謝っていたよ。先触れがあったらちゃんと小麦のパンを焼いて待ってたって。
たぶんこれも嫌がらせの一環かな。
「先触れがないのはこちらの落ち度だから気にすることはない。それに、このパンもおいしいぞ? 独特の酸味があって、それがチーズのまろやかさとよく合う。普段はこちらのパンを食べているのか?」
前世日本人だったオレからすれば、白いパンもライ麦パンもパンはパンだ。普通にパン屋さんとかでもライ麦パンも売ってたりしたからね。貴賤は無い。
とにかく、オレはライ麦パンでも満足しているよと伝えて、村長夫妻には納得してもらった。
「アリスはどうだ?」
「わたくしもエロー男爵家ではライ麦パンを食べていましたから……。懐かしいです。それに、こんなに料理を用意してくださったんですもの。温かい歓迎の意を受け取りました」
アリスも大丈夫そうだね。
そんなちょっとした問題もあった食事も終わり、さて寝ようかというところで問題が起きた。なんと、客間が一つしかないという。
「アリスは客間で寝るといい。オレは馬車で寝るよ」
「でも、馬車の中は荷物でいっぱいですもの。ジル様もしっかり寝ないと……」
「だが客間は一つしかないからなぁ。ベッドも一つだ」
「……あの、一緒に寝ましょ……?」
「……え?」
「ですから、わたくしと一緒に……。わ、わたくしたちは婚約者ですもの! 結婚したら一緒に寝ますもの! その練習ということで……」
「アリス!?」
この子なに言っちゃってるの!?
「ダメ、ですか?」
「くっ!?」
アリスに上目遣いで見られると、オレは、オレは……!
結局、アリスと一緒のベッドで寝ました。誓って言うが、オレはアリスに手を出していないぞ!
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