第25話 切り捨てる
オレは口を閉じることを選んだ。オレの家族への情の薄さ、そして彼らのオレへの仕打ちがオレの口を重くした。
「わかりました。お受けします」
話は受けることにした。口を閉じることを選択する以上、ムノー侯爵家からはできるだけ離れていたい。もうオレに侯爵になる拘りは無い。
「話は以上だ。消えろ」
家のために身を引いたのに、礼の一言も無しか。
オレだって家中にアンベールよりもオレの方が次期侯爵にふさわしいという声があることは知っている。
今回、オレを家の外に出すのはそういった声が大きいからだ。
だが、それでもフレデリクはアンベールを選び、オレを捨てる決断をした。
そして、オレは粛々と受け入れた。
それなのに、フレデリクは父親としてオレに礼も謝罪も無く、父親として息子に声をかけることも無かった。
「失礼します。今までありがとうございました」
おかげでオレもそれほど心を痛めずにムノー侯爵家を捨てる決断ができたよ。そこだけは感謝しようかな。
◇
電撃的に発表されたオレのフォートレル男爵への就任。これによって、オレはムノー侯爵家の人間ではなくなった。次期侯爵はアンベールに決定したわけだな。そのせいか、アンベールは最近、機嫌がいいらしい。
まぁ、オレに与えられたのは領地も利権もなにも無い名ばかりの男爵位。そして、アンベールは次期侯爵様だ。えらい違いだね。
「ジルベール様は本当にこれでよかったのですか?」
アリスがオレを心配そうにオレを見ていた。
「アリスは侯爵夫人になりたかった? アリスには申し訳ないけど、オレは侯爵の地位には拘りはないんだ。だってたいへんそうだろ? オレはそんなことよりもダンジョンに潜っていたい」
「ジルベール様は本当にダンジョンがお好きですね。わたくしも侯爵夫人なんて荷が重いです」
「ならこれでよかったんだよ」
「はい」
ムノー侯爵家を見捨てると選択した以上、これから行く学園編がより重要になってくるな。
ゲーム『レジェンド・ヒーロー』では、三年間の学園編の後で冒険パートに移ることになる。
この学園編では、貴族の子どもや裕福な平民の子ども、有望なギフトを持った平民の子どもが入ることが許される王立学園で主人公が将来の仲間を見つけるパートだ。
ちなみに主人公は有望なギフトを持った貧民の子どもだ。
オレは主人公に近づくべきだろうか?
オレなら主人公を教え導くことができるだろう。なにせオレには『レジェンド・ヒーロー』の記憶がある。主人公がどんなルートを行くのかわからないが、助言はできるはずだ。そして、主人公の信頼を勝ち取る。
主人公に必殺技のチュートリアルで殺されることもなくなるだろう。
だが、主人公に近づけば安泰というわけでもないのが辛いところだ。
オレが見捨てる選択をした以上、ムノー侯爵家は王家に潰される。その時怖いのが連座制だ。お前の親が悪いことしたからお前も処刑ですなんて言われたら死んでも死に切れない。
連座制による処刑を逃れるためにどうしようか?
オレはあくまでムノー侯爵家を出たフォートレル男爵家の人間ですと示すべきだろう。これは絶対だ。
仲間を作ることも重要だ。オレの助命嘆願を出してくれるような仲間を。
だが、これはかなり難しいと思う。
やはり処刑するには惜しいと思わせることか?
王家に尻尾を振って、有能な人材であることを証明する。
そのためには強くないといけないな。
やはり強さか。
これまで以上にダンジョンに潜ってレベルアップしないとな。
がんばろう。
その時、オレの顔に影が差した。
「ジルベール様、今はわたくしを見てください」
右耳にかかる吐息と甘い声。耳がオレの意思とは関係なくゾクゾクとし、背筋に電流が流れたような衝撃と、なんとも言えない心地よさが広がる。
見れば、すぐ近くでアリスがいたずらっこのような笑みを浮かべていた。
またやられた!
もう完全にアリスにオレの耳が弱いことがバレているな。こんなに何度もされれば、鈍いオレでもわかる。
問題は、アリスがどんな感情でやっているかだけど……。
笑顔を浮かべているし、素直に面白がっているのならいい。それだけアリスとの距離が縮まったということだから。
今までのオレへの恨みを晴らすためにやっている可能性もある。その場合も、オレは甘んじて受け入れよう。オレはそれだけのことを、アリスの尊厳を踏みにじってしまったのだから……。
「わたくしと二人っきりの時は、わたくしのことだけを見ていてください」
アリスがオレに体を押し付けるように抱き付いてきた。
普通に考えれば、アリスがオレに好意を持っていると思うだろう。だが、残念ながらその可能性は低い。なら、どうしてアリスはこんなことをするんだ?
それがわからないから、オレは困っているのだ。
だから、受け入れるべきなのか、拒絶するべきなのかもわからない。
誰か、オレに乙女心とかいう永遠の謎を教えてくれよ。
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