第24話 フレデリクの提案
最近アリスの様子がおかしい。
急に耳元で囁いてきたり、二人で歩く時も腕を組んできたりするのだ。
たしかに、婚約者としてみればその行動は普通なのかもしれない。
だが、オレはアリスに嫌われているはずなのだ。
オレはアリスに対して許されないことをしてしまった。家族から疎まれ、限界だった彼女をさらなる地獄へと突き落としてしまった。それがどんなにアリスの心を傷付けたか……。アリスがオレを嫌う理由はあっても好かれるような理由がない。
たしかに、関係改善のためにアリスにはフレンドリーに接してきたし、アリスの嫌がることはしていない。今のオレはアリスの為を思って行動している。
自分一人だけのことを考えたら、アリスのためにアトリエを作ろうとも思わなかったし、ダンジョン攻略もソロでいけるところまでいっていただろう。
「わからないなぁ……」
アリスの気持ちがわからない。
オレは一生アリスに恨まれていても償いをするつもりだ。オレはそれだけのことをしたのだ。アリスに好きな人ができたら婚約なんて破棄するつもりだし、見返りなんて求めていない。
だが、今のアリスの気持ちがまったくわからない。
あれがアリス流の恨みの晴らし方なのだろうか?
女心ってわからない……。
「ジルベール様、考え事をしていると顔に書いてありますよ」
「すまん……」
「もっと真剣に取り組まねば。何事も基礎が大事です」
「ああ」
オレはマチューと向かい合いながらゆっくりと体の動きを確認するように拳舞を舞う。この拳舞には、オレの習っている拳神流の基礎が詰まっているらしい。これをマチューと三セットするのが毎日の日課だ。
なぜこんなことをするのかといえば、自分の動きの確認だな。変なクセは付いてないか確認したり、動きの精度を上げるためのものだ。
傍から見れば、ただゆっくり動いているだけだから楽そうだが、やってるこっちは真剣にやると汗が噴き出すほど消耗する。武術って本当に奥が深い。
前世での話だが、無我の境地とは、考える前に反射で最適の行動がとれることだと提唱している人がいた。武術で何度も何度も基本や型の練習をするのは、体に最適な行動を沁み込ませて、咄嗟の時にも体が反応するようにしているという話だった。
だから基本があり、型がある。
本当かどうかはわからないが、オレは一理あるのかなぁと思っている。
まぁ、基本が大事って話だね。
ちなみに、マチューをはじめ、兵士やメイド、執事からのオレの呼び方が「坊ちゃん」から「ジルベール様」に変わった。
アンベールに実質的に勝ったことで、オレのことを敬う存在として認めてくれたのだと思う。それぐらい彼らにとって衝撃的な出来事だったのだろう。中にはオレの方が次期当主にふさわしいなんて声もあるくらいだ。
「ジルベール様」
「ん?」
マチューと拳舞をしていると、後ろから声をかけられた。振り返ると、一人のメイドが立っていた。
「旦那様がお呼びです。至急いらしてください」
「父上が?」
何の用だろう?
勝手にアリスのアトリエを作ったことへの文句だろうか?
まぁいいや。オレもフレデリクには用があったし。
「わかった。今すぐ向かう。知らせてくれてありがとう。マチュー、そういうわけだ。すまんが今日はこれまでにしてくれ」
「わかりました」
「こちらです」
メイドに続いてオレは練兵場を後にした。
◇
「ジルベール様をお連れいたしました」
「失礼します」
フレデリクの執務室に入ると、背後に品のいい初老の執事を従えたフレデリクの姿があった。
「ご苦労」
フレデリクがメイドを労うと、メイドは静かに去っていく。これで部屋の中にはオレとフレデリク、マルクの三人だけだ。
「父上、お呼びと聞きましたが?」
「そうだ。ジルベール、お前にはフォートレル男爵位を譲ることにした。この意味がわかるか?」
フレデリクがオレを睨むように見ていた。
フォートレルといえば、ダンジョン都市オレールの次に賑わっている港街だ。そこの利権を上昇志向の強いフレデリクが手放すとは思えないのだが……。
だが、その狙いはわかる。ようするに、オレに家を出ろと言っているのだ。
「私を家の外に出して、確実にアンベールに侯爵家を継がせるためですね」
「そうだ。だが、貴様には男爵位は譲るが、領地や利権を渡すわけではない。ただ家を出ろと言っている。王族と縁戚になる今、ムノー侯爵家を弱くするわけにはいかんのだ。受け入れろ」
相変わらず上からものを言う人だね。
こんな条件、人をバカにしているとしか思えない。
結局、フレデリクはオレのことを認めたくないのだ。過去の自分の判断を間違いだと認めたくないのだろう。そんなつまらない理由で、オレを飼い殺しにしようとしている。
オレが助言しなければ、ムノー侯爵家はゲーム通り破滅が待っているだろう。
オレは、このフレデリクを含め、家族を救うべきなのだろうか?
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