第5話 体術訓練

「はっ! せやっ!」

「坊ちゃん、速く打つことよりも正確に打つこと心がけてください。また体の軸がブレてますよ」

「押忍! はっ! せやっ!」


 練兵場の片隅。そこでオレは一心不乱に拳を打ち出していた。正拳突きってやつだと思う。


 そう。オレはこのたび努力を認められて体術の指導をしてもらえることになったのだ。やったね!


 とはいえ、毎日ずっと正拳突きしかしていないけど。


 たぶん基本を鍛えようというのだろう。


「はい。一度休憩しましょう」

「押忍!」


 ただ正拳突きをしているだけだというのに、滝のように汗をかくし、腕が重いを通り越して痛い。だが、泣き言など言っていられない。オレは強くなるのだ。


「坊ちゃんは文句を言わないんですね。正直、意外でした」


 オレの指導役をしてくれるマチューが、本人も言うように意外そうな顔でオレを見ていた。


「なにが意外なんだ?」

「普通、若い奴ならずっと基礎鍛錬なんて嫌がりますよ。もっと派手な技を教えてほしいとか言い出します」

「ああ」


 まぁ、気持ちはわかる。


「だが、武術って基本がすべてみたいなところがあるだろ?」


 たしか日本の剣術とかも、奥義は派手な連続技とかじゃなくて、基本の延長線上にあるただの一振りとかだったはずだ。


 マチューは感心したような顔でオレを見ていた。


「まぁ、そうですね。わかりやすく言うと、基本の上に技を積み上げていく感じです。だから基本をおろそかにすると、途中で崩れます」


 何事も基本が大事ってことだな。


「じゃあ、休憩はこのくらいにしましょうか。次は足を動かしながら正拳突きをしてもらいます」

「押忍!」

「どうでもいいですけど、そのおすって何ですか?」

「…………気合い、かな?」



 ◇



 そうしてオレは着実に体術を学んでいった。体術を学び始めたのがいいのか、体重は確実に落ちている。丸々として自分の足が腹で見えなかったオレが、いつの間にか薄っすらと腹筋が割れるまでになっていた。もちろん自分の足も見える。


 もうランニングしていてもメイドたちにキモがられたりもしないのだ。


 そんなある日。


「坊ちゃん、今日は実戦に行きましょう」

「実戦?」


 いつものように練兵場に顔を出すと、荷物を持ったマチューがそんなことを言い出した。


「そうです。これからダンジョンに行って実際にモンスターを倒してみましょう」

「モンスターを?」


 なるほど。それで実戦か。ゲームでは、モンスターを倒すことで経験値を獲得し、レベルアップして強くなる。


「つまり経験値稼ぎだな?」

「けいけんちかせぎ? なんです、それ?」

「うん?」


 通じると思ったのだが、通じなかったようだ。


 そういえば、この世界にきてからレベルだとか経験値だとかそういうゲーム用語は聞いたことがないな。


 ……もしかしてだが、モンスターを倒しても経験値が貰えないのか?


 それではオレのレベルアップして強くなる作戦が通用しないことになってしまう!


「ま、マチュー、モンスターを倒すと、強くなれるんだろ……?」


 恐る恐るマチューに確認すると、マチューはニカッと笑ってみせた。


「なんだ。坊ちゃんも知ってるじゃないですか! そうです。モンスターを倒すと、モンスターの存在の力を手に入れて、肉体が強くなります! 人によっては新技とか閃くらしいですよ。今日は坊ちゃんがファストブローを習得するまでモンスターを狩ってみましょう!」

「なるほど……」


 どうやらこの世界の人は、経験値を存在の力、レベルアップを肉体が強くなると表現するようだ。そして、技術レベルがレベルアップすることによって技を覚えるのも一致している。ファストブローは体術のレベルが五になると覚える最初の技だ。


 ゲーム『レジェンド・ヒーロー』では肉体レベルと技術レベルが別に存在する。肉体レベルは肉体の基礎能力。技術レベルは、身に着けた技術のレベルだ。オレが練習している体術や、剣術、槍術、錬金術、魔法などいろいろある。


 べつにファストブローを習得するだけならこのまま体術の訓練をしていたら習得できるだろう。技術レベルはべつにモンスターを倒さなくても上がるのだ。


 でも、マチューの話を聞いていると、どうも肉体レベルと技術レベルを混同しているように感じた。


 まぁ、ステータスが見れないから混同するのも無理はないのかな? 技術レベルはモンスターを倒しても上がるからね。


 それにオレはモンスターを倒すのは賛成だ。肉体レベルが上がるチャンスだからな。そのチャンスをみすみす逃す手はない。


「じゃあ、行くか!」

「お! やる気になりましたね。スキルを覚えると、やっぱりやる気が上がりますからね。早いうちに坊ちゃんにも体験してほしくて。ダンジョンには行きますが、安心してください。俺が坊ちゃんを守ります。坊ちゃんには、そうですね。ホーンラビットあたりから始めましょうか」


 饒舌に語り出したマチューと一緒に、オレは練兵場を後にした。


 その時、アンベールに睨まれているように感じたのだが……気のせいだよな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る