第32話 もう一つの和解~エッセ~

 その翌日、わたしはクロウとアマナの勧めがあり、エッセさんと話をする機会を持つことになった。


 講義が落ち着いた時間の、向かい合った2つのベンチがあるキャンパス内の庭園で、わたしとアマナ、エッセさんとクロウさまがそれぞれ同じベンチに座り、向かい合う形で話を始めた。


「最初に言っておく。アマナはどうか知らないけど、わたしはまだあなたを赦したわけじゃない」


 エッセさんは開口一番、辛辣な事を言ってくる。

 たとえわたしの恋魔法の常時発動が無くなったとしても、なお許せないものがあるという事だろう。


 だが、それが彼女の正直な思いである以上、それを率直に話す事は、必要な事に思えた。


 ゆえに、わたしはその言葉を、むしろ好ましい正直さだと捉えた。

 

「エッセさんがおっしゃっているのは、前世でアマナさんが自殺された件ですね」


「そう。あなたがクロウを誘惑したから、アマナは自殺した。わたしは、そのときのアマナの苦しみをありありと想像してしまっている。それを想うと、わたしは到底あなたを許せそうにない」


 そう話すエッセさんの向かいで、アマナはきょとんとした顔をしていた。


「実はわたし、自分がなんで自殺したのかよく覚えていないのですよね。それを考えると、一概にシェリが悪いとも限りませんし、エッセ、そう責める事はないのでは?」


 アマナの言葉に、エッセさんは勢いをくじかれたような様子で「むぅ……」などと言っていた。


「……アマナが覚えていない以上、確かにシェリ、あなたの罪を問う事は出来ない。だけど、シェリ、覚えておいてほしい。わたしにとっても、アマナにとっても、クロウとの3人の関係は、本当に神聖で、無くてはならないものだという事。あなたがこれからこの関係を壊したりすれば、わたしは今度こそ、あなたを許さない」


「……はい。よく胸に刻みこんでおきます。エッセさん。わたくしの考え無しな行動が、あなたや、アマナさんを大いに苦しめた事は事実だと思います。わたくしがいくら謝っても、取り返しがつくものではないでしょう。ですが、わたくしには、謝る以外の手段が思いつきません。ですから、せめて、何かの償いになるわけではないとしても、謝らせてください……本当に、申し訳ありませんでした……!」


 わたしは、エッセさんやアマナの苦しみを想い、涙目になりながら、謝った。


「こんなにいい人たちの関係を、土足で踏み荒らして、壊してしまって、本当に罪深い事をしたと思っています……! 償える事なら、前世に戻って、この命をもって償いたいです……! ですが今は300年の時が経ってしまいました……! わたくしにできる事は、ただ、この頭を下げて、地べたに擦り付けてでも、謝るのみです……!」


 わたしは、エッセさんの眼前で、頭を地面にくっつけて、土下座の体制で詫びようとし始める。


 それを、エッセさんは、止めてくれた。


「こ、こら、それはダメ。レディがそう簡単に頭を地面にくっつけようとしないで。やらせてるわたしの方が、悪者みたいだわ。もういい、そのくらいでいいから。わたしだって、あなたの事は嫌いだけど、あなたが悪いばっかりではない事も分かっている。あなたの恋魔法とやらは、自分の意思では制御できなかったのでしょう?」


「……はい」


「……だったら、いい。あなたの振る舞いは、結局の所、悪意ない過失にすぎない。その過失はとっても大きかったとは思うけど……わたしはそれを許せないほど狭量な女にはなりたくない」


「エッセ……」


 クロウさまが、短く、エッセさんの名前を呼ぶ。


 それに呼応するように、アマナさんが口を開いた。


「エッセ……わたしは思うのです。前世では、わたしはとっても可哀想な女の子でした。エッセも、とっても可哀想な女の子でした。でもシェリだって、とっても可哀想な女の子だったのです……それを想えば、それから300年が経った今、わたしたちは、同じような不幸を経験した、仲間と言えるのではないでしょうか。そう考えると、わたしたちは、むしろ友達として仲良くなる方が自然なのでは?」


 アマナさんの言葉は、暖かさに満ちている、素晴らしいものだと感じた。

 アマナさんは、エッセさんの想いも分かって、わたしの想いも分かった上で、その二つを繋げようとしてくれているように、そんな風に感じられたから――


 だから、きっとエッセさんもわたしと同じように絆されて、こういってくれた――


「と・く・べ・つ・に! 特別に、わたしはあなたの罪を、赦す! アマナが忘れていて、クロウも赦している以上は、これであなたの罪は無くなった事になる。ついでに、ついでにだけど、もし望むのなら、あなたの友達になってあげてもいい。あなたはとってもいい子だと、クロウやアマナが、そう説得してくるのが、うるさいから……」


 その言葉に、わたしは胸がざぁっと熱くなるのを感じる。


「ありがとう……ございます……ありがとうございます、エッセさん……!」


「……エッセでいい。今から、わたしはあなたを対等な友達として扱う。あなたも、遠慮とかしなくていいから」


「はい……! はい……!」


 わたしはまたしても、感極まって、泣きそうになってしまう。


「ははっ、シェリは本当に泣き虫だな」


 クロウさまが、からかうようにわたしの涙について言及する。


「はい……はい……すみません……どうしても、抑えられなくて……」


「いいのよ。嬉しい時だって、泣いてもいいの。わたしはそれを、クロウに教わったから」


 意外な事に、エッセさんが、いや、エッセが、わたしに優しい言葉をかけてくれた。


 エッセも、過去にクロウさまに、嬉しい時に泣いてもいいという、何か大切な事を教わった事があるらしい。


 わたしは、それがどんな想い出なのか、気になる思いも感じたが。


 きっと、それは二人の、二人だけの大切な想い出なのだろうと感じ、その疑問は胸に秘めておくことにした。


「はい……はい……! ありがとうございます、エッセ……!」


 わたしは泣いた。またしても、泣き続ける事になった。


 アマナも、クロウも、エッセも、困ったような顔をしながらも、わたしを優しく見つめてくれているのが分かった。


 わたしは、そんな優しさが嬉しくて、嬉しくて、またしても泣くのが止まらなくなってしまう。

 

 これでは本当に、わたしは泣き虫だな。


 そう思う心もありながら――


 今だけは、この優しい輪の中で、泣き虫でいられる安らぎに、浸っていたいと、そう思うのだった――

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