第31話 友情~ずっと望んできたこと~
「シェリ……ありがとう……本当にありがとう……これで晴れて、俺もあの世に行けそうだ……」
ようやく泣き止んだお父様は、そう言ってゆっくりとわたしの胸の中から離れた。
「そう……ですか……お別れなのですね……」
そう言うわたしは、果たしてどんな顔をしていただろうか。
「ああ……元々、ここにいるはずもない魂だ。未練があって彷徨った末に、縁あってクロウという少年に連れてこられたが、本当ならとっくにあの世に行っているべきだったんだよ」
「そうでしたか……そうだったのですね……」
「そうだ。やっとシェリに出会えて、赦してもらう事も出来た。本当に、あのクロウという少年には感謝しないといけない。よろしく伝えておいてくれ。娘をよろしく、とな」
「お父様、それは違うかと……」
「似たようなものだろうに……ふふ、死んで初めてこんな会話が娘と出来るとはな。本当に数奇なものだよ」
「お父様……」
見つめるわたしの眼前、ふっとお父様は白紫色の光に包まれだす。
「もう行かないといけないみたいだ……さようなら、シェリ」
「お父様……嫌です……! 本当はもっとおはなししたい事がたくさんあります……! お父様の事をもっと知りたくもあります……お父様……あと少し、あと少しだけでもいいですから……」
「どうやら、ダメみたいだ。もうまもなく、俺は逝く。最後に、シェリ、愛してい……」
その言葉を最後に、ぱぁっと白紫色の燐光が散って、お父様は消えてなくなった。
「お父様……お父様ぁ……! うぅ……う……うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!」
どうして泣くのかは、よく分からなかった。
だが、ただ、泣いてしまっていた。
きっと、それがわたしの父への思いを、一番どこかに伝えてくれると思ったのかもしれない。
「うぅ……うぅう……お父様……お父様……」
やがて泣き止んでくると、わたしの胸には、もう全てが解決してしまったという、寂しさと安らかさが同居した気持ちが満ちてくる。
お父様がいた場所を見ると、そこは赤い花が咲いていなかったはずだったのに、今は新しく赤い花々が芽吹き、育ち、そして今花咲こうとしていた。
それが花咲くところを見届けて、この星の全てが、わたしを愛し、また、この星の全てを、わたしが愛していると実感した時――
「……いるのでしょう、クロウさま。もう出てきても大丈夫です」
わたしは感じたクロウさまの気配に、話しかけていく。
「シェリ……シェリはあの父親を、赦す事を選んだんだな……とっても偉いと思うよ……本当に、偉い」
そう意表をついて褒められたわたしは、少し顔を赤くしながら、嬉しくて照れてしまう。
「い、いえ……これで良かったのです……別に、クロウさまに褒められたいから、赦したわけではありませんので……」
なんだかヘンテコな回答をしてしまっているなと思ったが、今日という日は色々あった。これくらい見逃してくれるといいなと、クロウさまに期待しておく。
「ふふ……そうか……そうだよな」
案の定、クロウさまは優しく見逃してくれた。本当に、こういうクロウさまの優しさが、わたしは大好きになってしまっているなと改めて感じる。
「シェリ……これで正真正銘、俺が用意した魔法芸術はもう終わりだ。だけど、実を言うと、この後にはもう一つ予定が入っている」
「予定……ですか?」
「ああ……実を言うと、この草原にはアマナを呼び出している。今丁度ついたみたいだ」
「アマナさん……? どうして、アマナさんが……」
「もちろん、シェリ、キミの恋魔法を解呪して……アマナがキミの、初めての女友達になるためだ」
「……!」
わたしは驚いた。いや、とっても驚いた。
恋魔法の解呪をするなら、確かにアマナさんは必要だろう。
だがそれだけではなく――
クロウさまは、アマナさんが、わたしの、初めての女友達となる所まで、見越してくれているのだ。
わたしはその優しさに、胸の奥が、ぶわぁっと熱くなるのを感じた。
「……その、いいのでしょうか……わたくしのような女が、友達になってしまって……アマナさんは、本当にわたくしを、認めてくださるのでしょうか……」
「大丈夫だ……アマナは、あれで、とってもいい奴なんだ。信じてやってくれ。アマナが無理でも、アマナを信じる俺の事を信じてやってほしい。それなら出来るだろう?」
ああ……本当にクロウさまはわたしの事を良く理解してくれている……
そういわれてしまうと、わたしはクロウさまを信じないわけにもいかず、アマナさんが友達になってくれると、信じる事になってしまう。
「わかり……ました……アマナさんはもういらっしゃるのでしょうか?」
「いますよ。今、この空間に入れてもらいました」
クロウさまの背後から、ひょっこりと現れるようにして、アマナさんが登場する。
「施術は意識を失っている間に終わります。まあ、今喋られてもイラつくだけなので、とりあえず意識を混濁させますね」
次の瞬間、アマナさんの音魔法で、わたしは瞬く間に意識を失った。
*****
やがてわたくしは意識を取り戻す。
目覚めると、クロウさまと、アマナさんが、わたしを囲むようにしゃがみ込んでいた。
あたりの風景は、変わらず真っ赤な花々が咲き誇る花畑。
その光景の中で、わたくしはゆっくりと声を上げる。
「クロウさま……施術は、終わったのでしょうか……?」
途端、2人は、びっくりしたような様子を見せる。
「ああ……ああ……! 成功したみたいだ……!」
クロウさまは、喜びに満ちた表情で、わたしの事を見つめてくれている。
その表情が、わたしの声から憎き恋魔法が取り除かれている事を、何よりも示していた。
クロウさまの表情に浮かんでいるのは、純粋な、友愛の気持ちだったから――
以前までのクロウさまは、やはりわたくしにドキドキとして、正気でいるために苦労していたのだろうなという事が、今になってようやく分かった気持ちだった。
「良かった……良かったです、クロウさま。アマナさんは……いかがでしょうか……?」
わたしは体を起こし、アマナさんの方を見つめる。
アマナさんは、なぜか、少し呆然としているようだった。
「なんというか……なんといいますか……シェリ……あなたはとても、優しそうな声をしていたのですね……」
「アマナさん……!」
その言葉は、わたしの胸の奥に、じーんと深い感動を生んだ。
「シェリ、アマナとお呼びください。わたしは、これまでの非礼の数々を、お詫びしたい気持ちで一杯です……ですが、ここでシェリの最初の女友達になる事で……なんとか罪の一部でも贖えたら幸いです」
アマナさんは、どうやらわたしの声が嫌なものではなくなったことで、これまでの言動を振り返り、ショックを受けていた様子でした。
ですが、アマナさんは、わたしの女友達に、初めての女友達に、なってくださるようです……!
わたしはその喜びで、思わず感極まり、涙が止まらなくなってしまいました。
「ひっく……うえぇ……うぇええええええええええええ……! 嬉しいです……! アマナさんが、いえ、アマナが、わたくしの、わたくしの初めての女友達になってくれて……とっても、とっても嬉しいです……! うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!」
わたしはアマナさんに、いえアマナに、膝をついた姿勢のまま近づき、その胸に抱かれるように抱き着きます。
アマナは戸惑っていたようでしたが、クロウさまに一回頷かれると、ふっと微笑んで、わたしを抱きしめかえしてくれました。
「シェリ……あなたはいっぱい寂しい思いをしてきたのですよね……ですがきっと、これからは、素敵な友達が、何人も出来ていくはずです……わたしはあなたの最初の女友達として、あなたの今と、これからを、祝福させていただきますね」
「うぅ……うわぁあ……うわぁあああああああああああぁあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!」
わたしは、涙が止まらなかった。
喜びが、止まらなかった。
ずっと、ずっと望んできたのだ――
わたしに、こんな優しい友達が、現れてくれる事を――
――だから、わたしは泣き続ける。
「うわぁっ……! うわぁ……! うわぁあああああああああああああああああああああぁあぁあぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!」
わたしは泣いた。
涙が枯れ果てるまで泣いた。
それくらい、わたしにとって、友達が出来たという喜びは――
友達に祝福してもらえたという喜びは、大きかった――
「シェリ……シェリが泣き止んだら、この魔法芸術は、今度こそ終わりを告げる……そしたら、夕暮れの中、学園まで歩いて帰る事になるだろう……だから、俺たち3人で、友達同士、まずはその最初の散歩を楽しもう。色々、他愛もない事を喋って、友達になれた喜びをかみしめ合うんだ。その後だって、ずっと、ずっと、シェリには友達がいる。友達は、どんどん増えていくだろう……だから、シェリ、もう大丈夫だ……シェリに、恐れるものは、もう何もないんだ……」
「うぇ……うぇえ……うぇぇえええええぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ……!」
わたしは、クロウさまの言葉が嬉しくて、さらに泣くのが激しくなってしまった。
それから散々泣きわめいたわたしは――
いつのまにか赤い花の世界は終わりを告げている事に気づき――
そのままクロウさまとアマナさんと、夕暮れ時の草原の散歩を楽しんだ。
それは、まるで夢のようなひと時で――
わたしは、クロウさまやアマナさん、そしてこの魔法芸術に関わってくれたみんなに――
深く、深く、感謝の念を贈るのだった――
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