第28話 想い出のジグソーパズル~星を覆う赤い花~

「ほら、シェリ、パパですよー」


 生まれ変わったわたしの最初の記憶は、パパと名乗る男性の優し気な微笑みだった。


 金髪をさらさらと跳ねさせながら後ろに流した、ハンサムな髪型。

 少し眠たげな、茶色の瞳が優しそうで格好いい。


 わたしのパパは、そんな、とっても素敵なパパなようだった。


「パパっ! パー……! パー……! パパっ!」


 わたしはそんな素敵なパパに対して、最初はおっかなびっくり、甘えていた。


 パパに恐れるべき所はないはずだ。


 だが、何か不幸な前世の記憶が邪魔でもしているかのように……


 わたしはパパに甘える事を、どこかで躊躇っていた。


「ほら、シェリ……おいで……パパが抱っこしてあげる」


 そんなわたしの距離感なんて一切気にせず、パパは、わたしにぐっと踏み込んで、抱っこしてくれた。


「わーっ……!」


 そこは一面の花畑。


 赤い、赤い花が、咲き誇り、視界一杯を赤い花で埋め尽くしている、そんな素敵な場所で――


 わたしは、パパに抱っこされて見る事ができたその光景が、嬉しくて嬉しくてしょうがなかったのに……


 どこかで、その赤い花に、吐き気がしそうな気持ち悪さを感じる――そんな自分が同居していた……


「シェリ……シェリ……大丈夫か……?」


 パパは、そんなわたしを下ろして、花畑に寝かせて休ませてくれる。


 見えるのは、一面の青空。入道雲がもくもくと空を移動していて、そこに陽光が照って白く光り輝いている、そんな風景。


 それを見ていると、そのうちわたしの心は休らいで、パパがぽんぽんとお腹のあたりを優しく叩いてくれるリズムに身を任せて……わたしは眠っていた。


「シェリ……大好きだよ……とっても、愛してる……」


 そんなパパの優しい言葉を、子守り歌にしながら……





 *****





 わたしはパパに愛されながら、3歳になった。


「パパ、だいすきしてーっ!」


 わたしは、大変甘えたがりな子供に育っていて、パパの手を焼かせていた。


「シェリ、だいすきだよ」


 パパはそんなわたしを優しくハグしてくれて、そのままぎゅーっと抱き締めてくれる。


 わたしはそんな温もりが心地よくて、気持ちよくて、目をつむって味わうようにその感覚を楽しむ。


「パパ……いまなにしてたの?」


 パパは自分の部屋で、机に向かって何かをしていたようだった。


 わたしは机までは背が届かないので、パパが何をしていたのか分からない。


「どれ、抱っこして見せてあげよう。よいしょっと」


 パパに抱っこされて見た、机の上――


 そこには、大きなジグソーパズルがあった。


 まだ作り途中のジグソーパズルには、ところどころに赤い花が咲いていて、完成したらキレイな赤い花畑になるのだろうと予感する事ができた。


 そして、それがゆえに、わたしの意識はどうしようもなく、気持ち悪くなって――


「シェリ……! シェリ……!」


 突然、パパがわたしの名前を叫ぶ。


 びっくりして、わたしは気持ち悪さも吹き飛んで、自分を抱くパパを目を真ん丸にして見つめてしまう。


「シェリ……! 大丈夫だ……! このパズルは怖くない……! 赤い花は、怖くない……! これは、シェリを心から愛しているパパが、シェリの4歳の誕生日に上げるためのパズルなんだ……! だから大丈夫……! シェリを大好きっていう想いだけが詰まった、そんなパズルだから……!」


 その叫びは、ガツンと殴られたようにわたしの脳を揺らして、衝撃を与えた。


 パズルは怖くない……?


 赤い花は怖くない……?


 そう、なのかな……?


 本当に、もう、怖がらなくて、いいのかな……?


「パパ……いいの……? シェリ、もう怖がらなくて、いいの……?」


「いいんだ……! パパはいつまでも、シェリの事が大好きだ! だからこのジグソーパズルも、いつまでもシェリと共にあり、シェリをいつまでも守ってくれる、そんな素敵な存在なんだ! 何度バラバラになっても、必ずパパが最後まで組み立てなおしてやる……! パパは、本当にシェリの事が、とっても、とっても大好きだから……!」


 パパの言葉は、なぜかは分からないけど、お腹のとっても深い所まで沁み渡るような声で、わたしは胸が熱くなって、お腹がポカポカとして、とっても幸せな気持ちになっていく。


「パパっ……! パパぁっ……! パパぁあああああああああああああああああああああ……!」


 わたしは、涙が止まらなくなり、パパの名を泣き叫ぶようにする。


 だが、これは、とっても悲しい何かが、出ていく涙だった。


 そして、とっても嬉しい何かが、入っていく涙だった。


 その変化を、幼い身体で敏感に感じ取りながら、わたしは良く分からないまま、泣き続けた。


「パパぁ! パパぁっ! パパぁああああああああああああああああああああああああああああああ……!」


「いいんだ……シェリ……一杯泣いて、いいんだ。シェリはそうやって一杯泣く事で、良くないものを、身体の外に出していけるんだ。だから、一杯泣いて、一杯叫んで、一杯悲しいものを、外に出してほしい」


「パパぁああ! パパぁああああああ! パパぁああああああああああああああああああああああああああああああああっ……!」


 わたしは泣いた。

 泣き続けた。

 

 ただ、ただ、涙が枯れるまで、パパの胸に抱かれて、泣き続けた。


 パパは、腕が疲れた様子も見せずに、ただ、優しくわたしの背中をさすって、ポンポンと、柔らかく背中をたたいてくれていた。


 わたしは幸せだった。


 何も、余計な事は考えず、ただ幸せだった。


 それがあまりに幸せだったから――

 

「シェリ……これからシェリは、誰よりも幸せな女の子として、この人生を歩んでいく。俺はそのシェリを最高に幸せにするパパとして、一緒にシェリと進んでいく。この道には、不幸も、悲しみも、存在しない。だから、シェリには一杯楽しんで、一杯幸せを感じて、一杯最高の人生を味わってほしい。これは、俺からシェリへの、プレゼントだから……」


 パパのその言葉の意味は、完全には分からなかったけれど――


 パパがわたしを愛して、幸せにしてくれるという事なんだと解釈して――


「パパ! わたし、パパが、だーいすき!」


 そういって、わたしは涙をこぼしながらも、満面の笑みを浮かべたのだった。





 *****





 それから、季節は過ぎていく。


 わたしは、パパの宣言通り、最高に幸せな女の子として、すくすくと成長していった。


 毎年、お誕生日には、とっても大きなケーキに、ろうそくとお祝いのプレートをつけて、盛大に喜んでもらった。


 わたしはケーキをパパと半分こして、何日にも分けて食べて、無くなったらパパの分を分けてもらったりして、とっても、とっても幸せな日々を過ごしていった。


 わたしは、6歳になり、9歳になり、12歳になっていく。


 矢のように過ぎていく日々の中で、パパから愛されない日は一日たりとも無かった。

 パパは毎日のようにわたしにプレゼントをしてくれた。

 それは大抵の場合、一輪の赤い花だった。


 パパはわたしのために赤い花を色々な所に飾ってくれて、


「この花がね、これからはシェリのしあわせの象徴になるんだよ」


 と教えてくれた。


 わたしはそれをとっても嬉しい事だと感じ、純粋に喜んだ。


 もはや、わたしにとって、赤い花は恐れるものではなく――


 パパからの優しい愛の象徴そのものだった――


 そんなある日、わたしに第二次性徴と呼ばれる物がついに訪れる。


 わたしは混乱して、不安になり、パパを叫んで呼びつける。


「シェリ。それはシェリが、大人のレディに向かって成長していっている証なんだよ。お祝いすべき事だ」


「なんだか……なんだか不安なの……! わたしが大人になると、パパに嫌われちゃうんじゃないかって、不安で、不安で、怖いの!」


 そう心配を告げると、パパはぎゅっとわたしを抱き締めてくれた。


「大丈夫だ。パパは、いつでも、いつまでも、シェリの事が大好きだ。だから、シェリは安心して、すくすくと育ってくれていい。シェリは、大人になって、いいんだよ」


 その言葉が、なぜかわたしには泣きそうなほど嬉しく感じられた。


「パパぁ……! 嬉しい……! なんか、分からないけど、とっても嬉しい……! ありがとね、パパぁ……!」


 わたしは、自分からもギュッとパパに抱き着き、離れたくないという意思をアピールする。


 パパはそんな意図を察して、いつまでも、いつまでも、わたしの事を抱き締めてくれた。


 そうしていると、不思議と、わたしは、いままで自分の奥底に眠っていた、自分が実は穢れた、汚れた存在なのではないかという想いも、浄化されて消えていった。


「……シェリ。そろそろ大丈夫か? シェリは、大人になる、準備が出来たか?」


 その言葉に、ずっと幼い女の子となっていたわたしは、突然現実に返る。


 ――わたしが転生を経た14歳の少女である事を思い出し……


 ――全ての記憶を思い出す。


 そして、もはやそれら記憶の中に、わたしのトラウマとなっている物は存在しないと――


 わたしの心は、全て癒されたのだと――


 そう感じて、わたしはこう返事をした。


「はい、お父様。いえ、クロウさま。本当にありがとうございました……」


「良かった。良かったよ、シェリ。これが、このジグソーパズルが、俺からの最後の贈り物だ。あとは、シェリ、シェリにすべては任されている。好きなように、振舞ってほしい。それが俺からの願いだ」


「クロウ……さま……?」


 クロウさまはそう言って、わたしの目の前に、あのジグソーパズルを浮かべて、その完成までの最後の1ピースを埋めた。


 気づけば、辺りは白紫色の光に包まれて、真っ白な世界の中に、わたしとクロウさまはいた。


 そしてジグソーパズルが完成した瞬間――


 ジグソーパズルはその枠を失い、そこから無限に赤い花畑が広がっていく――


 無限に無限に、地平線の、そのまた先まで、赤い花々が咲き誇っていく。


 その様は、赤いじゅうたんにこの星が覆われてしまったかのようで――


 そして、それら赤い花の一つ一つは、わたしと繋がっていた。

 

 赤い花の一つ一つが、わたしと繋がり、わたしを愛していると、高らかに歌ってくれていた。

 

 それは、この星全体が、わたしを愛してくれているかのような合唱で――


 わたしは、その限界を超えた尊さに――


 眩しいばかりの愛の歌に――


 ただ、すべてが浄化された喜びの涙を流し続けた。


「うあ! うぁぁ……! うぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 花々は、そんなわたしに対して優しく微笑むように、愛しているよと、伝えてくれていた。


 わたしは、ただ、ただ感謝していた。


 この状況を用意してくれた、クロウさまへの感謝で一杯になった。





 ――だからこそ、わたしはこれから最後の試練に向き合わないといけない。


 わたしの目の前の、遥か遠くの花畑。


 そこには、この星で唯一、花畑が咲いていない場所があり……


 そこには、一人の男が、佇んでいた――


 それは、わたしの父、その名はラフィエル。


 花々によれば――


 これからわたしは、この男、ラフィエルの人生を見つめないといけないらしい――

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