第26話 追想~父の愛人~

 わたし、シェリは赤い花が好きだった。

 なぜか現代ではその記憶を失っていたようだが、幼い女の子と一つになった事で、わたしはまずその記憶を取り戻した。


 そして、わたしの好みを知る、大好きなお父様は、毎日のように赤い花を買ってきて、プレゼントしてくれる。


「ほら、シェリ。シェリの大好きな赤い花だよ。今日も買ってきたんだ」


「わぁい! お父様、ありがとうございます! 愛しています、お父様!」


 わたしは幸せだった。赤い花のお礼にと、お父様の『お願い』を聞いたりといった些事もまた、わたしにとっては幸せの一部だった。


 ある日、お父様は赤い花が一面に描かれた大きなジグソーパズルをプレゼントしてくれたこともあった。


「これは……なんでしょう?」


「ジグソーパズルというんだよ。これをバラバラにして、一つ一つピースを埋めていく。そうして絵が完成していくのを、楽しむんだ」


 わたしはそのプレゼントをとても喜んだ。

 毎日のように、暇な時間は、ジグソーパズルをバラバラにしては組み立てて遊んでいた。


 そうして出来上がった赤い花畑は、お父様からの愛の象徴であった。


 その幸福感は、何度味わっても忘れられるものではない。


 だから、お父様から赤い花をプレゼントされるたびに――


 ――わたしがお父様の『愛人』になってあげる事は、当然の事だった。





 *****





 わたしはお父様の寝室に入り、寝ころぶお父様の肌に商人から購入したぬめりのある液体を塗り、さわさわと■撫するような手つきで気持ちよくしてあげる。


 お父様は次第に興■した様子を見せるが、わたしはそれを気にせず、ただじっとお父様の背中や太もも、肩などをくすぐるように■り続ける。


「はぁ……はぁ……」


 お父様は息を荒げ、■奮が頂点に向かっていく。

 わたしはそれをコントロールする楽しさを覚えながら、お父様が■慢の限界を迎え、わたしを■ってしまうまで、お父様で『遊び』続ける。


 これは全てお父様に仕込まれた技だった。

 お父様の欲望を満たすためだけに行われる、お父様を悦ばせるためだけの『儀式』。


 『儀式』の終わりは、いつもお父様がわたしに逆■する形で始まる。


 お父様は高まった欲■をすべてぶつけるようにわたしの身体を■躙し、蹂■し、■躙し尽す。


 わたしの■熟な身体は、それを受け止めきる事は出来ず、あちこちに強い痛みを感じる結果となるが……


 その痛みすら、お父様からの愛の象徴のようで、わたしはそれを幸せそうに甘受するのだった。





 *****





 わたしにはお母様は居なかった。


 お父様に、どうしてお母様はいないのか、と聞いたことがある。


 お父様は、複雑そうな表情で、こう答えた。


「お父さんはね、お母さんを愛していたんだ。だけど、お母さんの事をある日、愛する事が出来なくなってしまった。お母さんはその事に絶望してしまってね。幼いお前を残して、どこかに消えてしまったんだよ」


「そうなんだ」


 それを聞いて、わたしは少し怖くなったことを覚えている。

 いや、少しではない。

 計り知れない闇を覗き込んだような、恐怖感を感じていた。


 だって、お母様の事をお父様が愛せなくなってしまう日が来たというのなら――

 ――それがわたしに訪れないという保障はどこにあるのだろう。


 わたしは怖かった。

 お父様に見捨てられるのが怖かった。


 だから今日は、いっぱいお父様を気■ち良くしてあげよう。

 お父様に捨てられたりしないよう、いっぱいお父様を■ばせてあげるんだ。


 わたしの思考は、そんな方向にどんどん誘導されていっていた。

 それはお父様にとっては、さぞ都合のいい女だろう。

 

 実の娘だから、一緒に住んでいても世間には何とも思われず。

 自分を気分よくするための全ての行動を自発的に行ってくれる、そんな愛らしい女の子がわたしなのだ。


 次第に成長してきたわたしは、そんな自分に疑問を感じる瞬間もあったが。

 お父様が出してくれる不思議な匂いのお香を嗅いでいると、自然とそうした疑問は忘れられた。

 お父様の事が好きだという念がひたすらに強くなって――

 好きだ、好きだ、好きだ、という気持ちで一杯になっていって――


 ――だから今日も、わたしはお父様を愛する。





 *****





 時が経ち、わたしは12歳にまで成長していた。


 最近、わたしには悩みがあった。


 以前ほど、お父様がわたしに対して喜びを、■奮を、示してくれなくなってきていたのだ。


 わたしは焦っていた。


 お父様がわたしを捨てるなんてことはあり得ないとは思うけれど。


 純粋に、大好きなお父様を気■ちよくできないという事実が嫌で嫌で仕方なかった。


 わたしは以前よりもさらに必死になって、お父様との『儀式』に取り組んだ。


 だが、必死になれば必死になるほど、お父様はどこか冷めた目で、わたしの事を見ている気がした。

 

 わたしはつらかった。


 けど、それでも、『儀式』の前にはちゃんと赤い花をお父様は用意してくれる。


 だから、きっとお父様はわたしの事を愛してくれているのだろうと――


 わたしはそんな希望的観測に、心を委ねてしまっていた――


 だが――


 この世のどんな幸せも、いつかは終わりを迎えるものだという。


 であればこそ、わたしに訪れたその事件もまた、必然だったのだろう。





 *****





「お父様、その子は……いえ、その女は……?」


 お父様は、わたしより幾つも年下の女の子を家に連れてきて、ある日わたしのベッドで『儀式』を行っていた。

 

 わたしはその現場に遭遇した時、ショックを受けすぎて、立っている事が出来なくなっていた。


「ああ、いつまでも妻がいないのもあれだからね。この子と結婚する事にしたよ。良い買い物だった」


 女の子は、いまだ恐怖に満ちた目でお父様を見つめている。まだわたしのように、本心からお父様を愛する所まで来ていないのだろう。


「そんな……! お父様にはわたくしがいます……! わたくしが……わたくしが一番、お父様の事を愛しているのです……!」


「それなんだけどさ……そういうのはそろそろもういいわ。ぶっちゃけ、飽きたんだわ、お前」


 ザクっと、ナイフで心臓を刺されたように、わたしはビクリと身体を震わせた。


「お前の母親もさ、お前を産んだ時はちょうどお前より少し上くらいの年齢だったけどさ。俺、ダメなんだよね。それくらい以上の年齢の女には、興奮できないんだ。だから、お前はもう用済みだ。お前の事は、奴隷として売る事にしたから」


「……は? ……え?」


 到底現実を受け入れる事は出来そうになかった。

 お父様がわたしより少し上以上の年齢の女には、興奮できない……?

 わたしは用済み……?

 わたしは、奴隷として売られる……?


「そんな……そんな……」


「ああ、うるさいな」


 お父様は、わたしに近づくと、わたしの頬をグーで殴り飛ばした。


 初めてのお父様からの暴力。

 痛い。痛い。

 身体が痛い。

 心が痛い。

 痛いよぉ、お父様ぁ……!


「だって、だっひぇ……お父しゃま、わだくしに、ジグソーパズル、プレゼントしてくれました! あでは、わだくしのごとを、お父様がだいしゅきな、証なはずで……」


 頬を強く殴られたせいで、まともに話せなくなりながらも、わたしは必死に思いを伝えようとします。


「ああん? ジグソーパズルってそこに置いてある奴の事か。そういやこんなのプレゼントしたっけなぁ。ま、いいや、記念にこれはやるよ。ほらっ!」


 ですがお父様は、わたくしが丹念に時間をかけて完成させていたジグソーパズルを手に取ると、それを思いっきり振りかぶって、わたくしに投げつけました。


 激しく音を立てて、ジグソーパズルのピースがあちこちに飛び散ります。


 ジグソーパズルの額縁部分がわたしの腹に刺さって、うっと痛みで吐きそうになりました。


 バラバラになったピースと同様、わたしの心もバラバラになってしまったかのようでした。


「じゃあな、シェリ。お前も昔は良かったんだがなぁ。お前の売り先は軍だから、せいぜい、奴隷として働いてくれ。何をするのかしらんけどな、はははっ!」


 わたしは、もう起き上がる気力すら失っていた。


 痛くて、痛くて、辛くて、痛くて。


 いつの間にか、部屋に誰もいなくなっていて、わたしは一人の部屋で、倒れ伏しながら、ただ、こう感じた。


 寂しい……

 寂しい……

 寂しい寂しい寂しい……!


「うゎああああああああああああああああああああああああああああああああ……! うぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ……! うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああ……! うぁああああああああああああああああああああ……! うぁああ……! うぁ……!」


 わたしは、その果てしない寂しさを、泣く事で癒そうとした。

 だが、これはいくら泣いても、癒されることはない種類の痛みなのだと、次第に分かった。


 わたしはただ陰鬱な絶望の中、一人きりで時を過ごし。

 やがてやってきた、軍の人間に奴隷として売り渡され。


 気づけば悲惨な改造手術を受けて、激痛と幻覚の中で丸一週間以上を過ごし――


 ――そうして、わたしは壊れた〈恋の試練と向き合う者〉へと変貌していた。

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