第25話 シェリの決意
クロウさまのいない日々は、心にぽっかり穴が空いたような、そんな空しさと寂しさに満ちたものだった。
ミューさんがクロウさまの代わりにわたしに定期的に話しかけてくれるが、ミューさんが本当はわたしの事を嫌がっている事は、さすがにわたしにも察せられる。もちろん、ミューさんはそういった素振りなどは一切見せなかったが。
わたしは孤独だった。
相も変わらず、わたしは孤独だった。
「シェリ……大丈夫だ。どうか、俺を、俺たちを信じてほしい。俺たちは、シェリがどう変わってしまったとしても、それを全て受け入れる。きちんとシェリを友達として認める。それは、たとえ未練が解消できずに、恋魔法が解除できなかったとしても、そうだ。俺たちは、シェリ、お前の事を心から救いたいと思ってるんだ。どうか、その思いを、今だけは信じてくれないか……?」
だからその言葉は、わたしの胸に、深く、深く響き渡った。
響きすぎて、涙が、止まらなくなる。
「クロウ……さま……クロウさまぁ……! ごめんなさい……! わたくし、ごめんなさい……! 本当に、わたくしが、馬鹿でしたっ……!」
クロウさまの胸元を掴んだまま、わたくしはクロウさまの前にしゃがみ込み、クロウさまの事を見上げながら、懇願するように赦しを乞う。
「シェリ……そう自分の事を責めないでくれ。シェリは素敵な女の子だ。ちょっと過去の傷とか、想い出とかで一杯苦しんでいるせいで、うまくいかない場合があるだけで……そして、その未練も、今日、終わりにしたいと思っている。シェリ、どうか俺を信じて、ついてきてくれないか……? 俺たちは、みんなシェリの事を大好きな友達にしたいと、そう思っているんだよ……」
嬉しい……嬉しい嬉しい嬉しい……!
わたくしの胸の中にあったのは、ただただ歓喜そのものだった。
だから、わたしはクロウさまに絆されて、クロウさまがそっとわたしの眼前に伸ばした手を気づけば両手で取っていた。
「はい……はい……! 怖がりで、愚かで、どうしようもないわたくしですが……それでも、みなさんと堂々と友達になれるようになりたいです……どうか、クロウさま、わたくしの未練を、取り除いてはいただけませんか……?」
そういうと、クロウさまは、優し気に微笑んで、こう言ってくれた。
「ああ。俺たちが、キミを助けるよ。シェリ」
「はい……はい……!」
それから、クロウさまはわたしが泣き止むまで待ってくれた。
「……シェリ、そろそろ行けそうか?」
「……はい……大丈夫です」
わたしはクロウさまに連れられて、学園を出て馬車乗り場に行き、王都外縁の草原まで連れ出してくれる馬車に乗り込んだ。
馬車の中で、クロウさまはこんな話をしてくれた。
「シェリ、これからキミが体験する事は、正直言って、キミにとってはつらい思い出も含まれる。だから、キミは耐えられなくなって、限界を迎えてしまうかもしれない」
「……そうなのですね」
「それでも、俺たちはこれがシェリに必要だと思ったから、シェリのためにこの魔道具を作った。どうか、俺たちを最後まで信じてほしい。きっとその先に、シェリの求める救いがあるから……」
「……わかりました……信じます。クロウさまを……クロウさまたちを……」
そういわれて、怖くないといえば嘘になる。
わたしの記憶から失われている、過去の出来事達。
クロウさまたちは、それを見たうえで、わたしのために魔道具を構築してくれた。
つまり、わたしは、その過去の出来事達と、今から直面する事になるのだろう。
わたしが不安がっていると、その様子を察したのか、クロウさまがそっと手を握ってくれる。
「シェリ……大丈夫だ。きっと良い方に向かうよ」
「はい……はい……!」
わたしは馬車に揺られながら、クロウさまの温かい手のひらの感触を楽しんだ。
クロウさまからすれば、手を握るなんて、とても負担が大きい行為だろう。
わたしはそんなクロウさまの優しさが、やっぱり好きだなと思いながら、目的地に到着するのを待った。
ついた場所は、背の低い草原の中、遠くに小麦畑などが見える、のどかで平和な所だった。足元には花などは咲いておらず、ただ緑色だけが広がっている。
青い空の中にはわずかにオレンジ色が混じりだしている。時刻は昼から夕刻に差し掛かりだしているようだった。
そんな綺麗な景色に見惚れるようにしながらも、わたしは緊張していた。
クロウさまはそんなわたしに、そっと金色のジグソーパズルを渡してくれる。
――これが、わたしの過去の出来事を秘めた、わたしのための、魔道具。
「シェリ。覚悟が出来たら、合図をしてくれ。俺とシェリ、二人同時に魔力を込める事で、この魔道具は起動する。そしたら、その流れに身を任せて、自由にしてくれ」
「……わかりました」
わたしは、ジグソーパズルと向き合うように手に持って、それをじっと眺める。
どこか、見た事があるような、懐かしいような、哀しいような、そんな感覚を不思議と覚える。
わたしの現存する想い出の中に、ジグソーパズルが出てくる想い出は見当たらない。
だがきっと、これがわたしにとって、重要な位置を占める何かなのだろうという予感があった。
それからしばらく、爽やかに吹く草原の風を感じながら、雲間から差す太陽の光を感じながら、佇んでいたわたしだったが、次第に気持ちが固まってきて、よし、やろうと思えた。
「……クロウさま、やれます」
「……わかった」
クロウさまはそっと近づいてきて、わたしが手に持つジグソーパズルに触れてくる。
「せーのでいこう」
「はい」
「せーの!」
途端、お互いの魔力が混じり合ってジグソーパズルに解けていく。
魔力を込められたジグソーパズルは、金色一色だった絵柄が、大きな大きな花畑がパズル全体に描かれた物へと変化していく。
そして、草原の周囲も変化していき、わたしたち二人を中心に、暗い、暗い闇が広がって、辺りは真っ黒の空間に包まれてしまう。
真っ黒の空間の中、クロウさまもいつの間にかいなくなって、わたし一人になってしまっていた。
「クロウ……さま……?」
クロウさまを探していると、一人でにジグソーパズルが宙へと浮き上がり、わたしの目の前で白紫色に光りだす。
「……え?」
すると、次第にわたしの身体も白紫色の光で包まれて行き、わたしの全身が発光する。
光を出すにつれて、だんだんと、わたしの身体は小さく、小さくなっていく。
ついには、わたしは幼い女の子の姿へと変化していった。
呆然と、自分の小さくなった手のひらと、大きくなったジグソーパズルを眺める。
これは……いったい……?
そんなことを考えている間に、ジグソーパズルはわたしの前で輝きを増し、わたしの周囲が白紫色の光で一杯になる。
その光の中で、一人の、男の姿が再生されはじめる。
貴族風の服装に身を包んだ、裕福そうで、ハンサムな男だ。
年のころはまだ20台後半と言ったところだろう。
その男のそばには、一人の女の子がいた。
わたしだった。
幼くなったわたしそのものの姿の女の子は、男と手を繋いで、どこかの街らしき道をニコニコと歩いている。
女の子の男と手を繋いでいない方の手には、一つの大きな袋があり、その中には何か平べったい大きなボードのようなものが入っているようだった。
――わたしはこの光景を知っている。
そう思った瞬間、視界に入った女の子とわたしは『親和』をはじめ、わたしは白紫色の光となって、女の子の中に溶けていく。
そうして、わたしの300年前の人生の追体験が始まった。
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