第24話 完成

 それから、俺はシェリを救うための作品へがむしゃらに打ち込んだ。


 朝起きては作品の事を考え、講義中も気もそぞろ、講義が終われば使える全ての時間を作品作りに充てて、夜遅くまで学園の魔道具製作室の中で過ごした。


 次第に、俺一人の力では十分なクオリティが担保できない所がある事に気づきだすと、俺はミューとロガールに助けを求めた。


 二人とも心よく協力に応じてくれて、俺は幻魔法と心魔法の力をフルに活かした、最高の作品作りが行える環境の下、シェリを想い作業を急いだ。


 そんな生活が何日も何日も続いたが、俺は不思議と疲労を感じなかった。

 むしろ、最高の作品を今作っているのだという、充実感のようなものが俺を満たしていた。


 だから、寝不足でも、俺は頑張り続けた。

 その末に、アマナに心配され、製作室に乱入されて、音魔法で無理やり眠らされるという事件もあったが。


 それも一度の事で、俺は再び、作業に集中し始める。


 そしてついに、念願の作品が完成する日がやってきた。


「出来た……」


 俺はほうっとため息をつくような調子で、感慨深げにつぶやくように言った。


「出来たね、クロウ……!」


「出来たな、ついに……」


 長時間を共にしたミューとロガールも、非常に達成感を感じているようだった。


「……せっかくだし、すぐにシェリの所に行きたいけどな。シェリはどこにいるだろうか」


「今日は、カフェテリアで座学の勉強をしてるみたいだよ。魔法芸術歴史学って講義を取ってるみたいで、その課題があるとか」


 ミューは嫌な気持ちを抑えてちゃんとシェリと一定の関係を築いてくれているようで、俺はその事に改めて深く心の中で感謝する。


「そうか。邪魔にならないようなら、今から行ってみるか」


「作品の内容的にも、俺たち二人は、ついていかない方がいいだろうな……クロウ、任せたぞ」


 今の時刻は夕方が近づきつつある昼下がりといった所だ。

 俺は二人に託された作品と想いを胸に、カフェテリアにいるというシェリの下へと向かう。


「……シェリ。作品が、出来たよ。会心の出来だ」


「クロウさま……」


 久しぶりの再会だ。


 カフェテリアのテーブルを脇に、お互い立ち上がった体勢。

 お互い、何を話せばいいのか迷っているような、微妙な空気が漂う。


「まあ、色々言いたい事はあると思うけどさ。俺も、ミューも、ロガールも、本気でこの作品に打ち込んできた。それもこれも全部、シェリ、キミのためだ。どうか、受け取ってほしい」


 俺はシェリに、一つのジグソーパズルを渡す。


 金色に塗られたジグソーパズルで、その模様は今の所、空になっている。すべて金色で一色に塗りたくられただけの、そんなジグソーパズルだ。


「これが……」


 シェリは恐る恐るといった表情で、そのジグソーパズルを受け取る。


「これは、俺と二人で使う事を想定された魔道具だ。シェリ、良ければ今から、二人きりになれるような草原に出かけよう。そこで、この魔道具を使う。そうすればきっと、キミの未練は解消に向かう。俺は、俺たちは、そう信じてこの作品を作り上げた」


 シェリは、どこか不安そうな、躊躇うような表情で、ジグソーパズルを眺めてから、そっとジグソーパズルを俺の前のテーブルに置きなおした。


「クロウさま……大変申し訳ないのですが……わたくしはまだ、このジグソーパズルに向き合う決心がついていません。もう少し、時間をいただけないでしょうか……すみません……」


 シェリはそういって申し訳なさそうに俺に謝るようにする。


「シェリ……こちらこそ、性急な事を言ってしまってすまない。俺みたいな奴と二人きりで草原に行くなんて、不安だよな。こちらこそ、配慮がなくてすまなかった。本当に、申し訳ない……」


 俺は視線を逸らしながらそう言って、それから怖さを感じながらもシェリの方を向き直る。


 シェリは、泣きそうな表情で、こう言おうとしていたところだった。


「クロウさま……! バカな事をおっしゃらないでください……! わたくしがクロウさまを恐れるなんて……! わたくしのために、こんなに一生懸命に作品を作り上げてくださるクロウさまを恐れるなんて、あっていいわけがありません……! それに、わたくしは、この数週間、クロウさまのいない日々を過ごしてきて、改めて感じました。クロウさまが用意してくださった、あの素晴らしい日々は、本当にかけがえのない幸せに満ちていたのだと。クロウさまはあんなにも一生懸命我慢して、わたくしのために尽くしてくれていたのだと。それをわたくしがあの愚かなふるまいで、台無しにしてしまっただけなのだと……!」


 シェリはそういって、涙を両目から落としながら、俺に迫るように近づいてくる。


「クロウさまが悪いわけではありません……! そんなわけ、ありませんでした……! わたくしが、わたくしこそが、全ての諸悪の根源なのです……! わたくしは、愚かで、稚拙で、どうしようもない、本当に価値のない女なのです……! 今回の事だってそうです……! わたくしは、単に自分が変わってしまうのが怖くて、自分が自分でなくなってしまうのではないかと怖くて、踏み出す勇気が持てないだけなのです……! わたくしは、それほどまでに愚かなのです……!」


 シェリは俺の胸元を掴むようにしながら、そのまましゃがみこんで泣き叫んでいく。


 俺はシェリのそんな姿に悲痛なものを感じて、こちらまで心が痛くなるのを感じる。


 シェリに深く同情しながら、それでも俺は強くこう言い切った。


「シェリ……大丈夫だ。どうか、俺を、俺たちを信じてほしい。俺たちは、シェリがどう変わってしまったとしても、それを全て受け入れる。きちんとシェリを友達として認める。それは、たとえ未練が解消できずに、恋魔法が解除できなかったとしても、そうだ。俺たちは、シェリ、お前の事を心から救いたいと思ってるんだ。どうか、その思いを、今だけは信じてくれないか……?」

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