第23話 意識遡行
「んー、これはクロウの助けを借りた方が良さそうだね。クロウ!」
「……え?」
呼ばれて、俺はシェリとミューが話しているベンチの傍へと現れる。
「すまない、シェリ。ここまではミューと一緒に来ていたんだ。俺と顔を合わせたくはなかったかもしれないが……」
「……いえ。今は、わたくしの未練に関する話し合いをしていますし……重要な話題ですので、わたくしのためにクロウさまが出てきてくれるのは、感謝するべき事でしかないかと……」
どことなく他人行儀な様子に傷つく俺だったが、今は話してくれるだけでも有難いと思うべきだろう。
「わかった……それでミュー、俺の助けというのは、何をさせるつもりなんだ?」
「それなんだけどさ……ぶっちゃけ、クロウの時魔法で、シェリの過去を視ちゃえばいいと思うんだよね」
「シェリの過去を! そうか、確かにそうだな……でもシェリは、いいのか……?」
俺はシェリの方を見て、その気持ちを確かめようとする。
「……はい。確かにそうですね……わたくしの恋魔法を何とかするために必要な事だと思いますし……お二方を信じて、お願いしたいです。確かに、複雑な思いもありますが……」
複雑というのは、あんな事をした俺に過去を視られる事だろう。今度こそシェリを失望させないように、細心の注意を払って、過去を視させてもらおうと俺は思った。
「わかったよ、シェリ。それじゃ! クロウ、あとは任せた! 念のため、わたしにも同じものを見せてね!」
「わかった……」
俺はシェリに向き直り、ミューと手を繋ぐ。こうした方が、情報の共有がやりやすいからだ。
「シェリ、俺の瞳を見つめてくれ」
「は、はい……」
シェリは戸惑うような様子を見せながらも、真剣に、俺の瞳を見つめてくれる。
俺はそこに簡単な催眠効果のある幻魔法をかけて、シェリを催眠状態に誘導した。
こうする事で、シェリの意識から情報を吸い出して、時魔法で時を遡る事がやりやすくなる。
「――時魔法〈意識遡行〉」
俺は300年前のシェリの内面を、ミューと一緒に静かに覗き始める――
*****
――果たして、一体どれくらい『視て』いただろうか。
俺とミューは、やがて呆然とした表情で、現実世界に帰ってきた。
「……これは……あんまりだね……」
「……ああ」
俺とミューは、言葉少なに、今『視た』物への感想を口にしあう。
それくらい、シェリの過去の出来事は、あまりに酷いと感じるものだった。
「……クロウ。クロウなら、このシェリを癒せるかな? 今視たシェリの負の遺産を浄化しきるような、真に人の心を癒す魔法芸術を作り上げられるかな? おそらくそれは、SSSランク相当の作品を作り上げる必要があるけど……」
俺はミューの言葉に思案し、そして力強く頷いた。
「ああ……やってみせる。これは、俺がやらないといけない事だと、そう思うから」
「分かった。わたしもクロウの助けになれる事なら何でもするから、言ってね」
「ミュー。お前、本当にいい奴だよな」
「へへへ! これでもみんなのリーダーやってたからね! 時代が変わっても面倒はみたいんだよ。自己満足かもしれないけどね」
「そんな事ないさ、素敵だと思う」
「クロウにそう言ってもらえると、嬉しいな。少しは救われた気持ちになるよ。わたしも、300年前はろくな事出来なかった場合も多かったからさ。自殺しちゃう子を止められなかったなんて、日常茶飯事だったし」
それは俺についても言えるのだろうな。
そう思った俺は、安易に返答するのを避け、そっと視線を外すにとどめた。
「……そうだな」
そう小さく独り言のように呟いて、返答代わりとする。
「……さて、それじゃあクロウ大先生のお手並み拝見と行きますか! どんな魔法芸術にするか、構想は出来てる?」
ミューは、そんな俺の心理を見通すようにしながら、それには触れずに話題を逸らしてくれた。
その優しさをとても尊い物だと感じながら、俺はミューの言葉に応える。
「ああ。アイデアはある。不思議と、あのシェリの過去を視たあと、何か霊感のようなものが下りてきたんだ。お前はこうしろ、とでもいうような、力強い霊感だった。それについては、あとでシェリのいない所で話すよ。シェリに驚きを与える事も、この魔法芸術において重要な事だから」
「……わかった」
その後、シェリの催眠を解いた俺たちは、起き上がったシェリと数言会話を交わした後、こう告げた。
「シェリ……俺はたとえキミに嫌われてしまったとしても……それでも、キミの事は救ってあげたいと思うから……だから、待っていてくれ。必ず、キミを救い出す魔法芸術を作り上げてみせるから」
シェリは、複雑そうな、喜びと悲しさが入り混じったような顔をしながらも、頷いてくれた。
「……はい。お待ちしております、クロウさま」
俺はその言葉に、確かにシェリの意思が反映していると感じられたので、一安心する。
「それじゃ。しばらく会えないかもしれないけど、それは俺たちの距離を見直すうえでもちょうどいいかもしれないな。あまり気にせず、待っていてくれ。なるべく早く完成させるように、急ぐから」
「……無理はなさらないでくださいね」
元気づけるような言葉をかけてもらえる事に、嬉しさを感じながら、俺はその場を立ち去ろうとする。
「ミュー、シェリの事は任せるよ。シェリを嫌う素振りを見せずに話してくれる女の子は、お前くらいだ」
「……まあぶっちゃけ、わたしだってけっこうキツいんだよ? わたしが天使のような女の子だから、こうして平気な振りをしてるだけだってこと、分かっておいてよね! クロウの中のわたしの株、爆上がりするくらいで丁度いいんだよ!」
ミューの言葉に小さく笑って、俺はこういった。
「ありがとう、ミュー。お前のそういう所が大好きだ」
俺の言葉に、ミューは少し顔を赤らめて、そっぽを向いてしまった。
「ふ、ふん。分かればいいのだよ、分かれば!」
そんな仕草を可愛いものだなと感じながら、俺は今度こそ、静かにその場を去った。
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