第22話 繰り返す悪夢

「シェリ……赦してくれ……せめて、話を聞いてほしい……」


 悲痛な声も空しく、シェリは何も言わずに離れていってしまう。


 あれからシェリと出会うたびに赦しを乞う俺だったが、シェリが頷く事はなく、毎回のように俺はほとんど無視されていた。


 俺は胸が痛かった。どうすればいいのか分からなかった。


 次第に精神が不安定になってきた俺は、ミューに相談してみる事にした。

 こういう時、頼りになる相談相手である事を、前世での経験から分かっていたからだ。


「ミュー……実はシェリとこんなことがあって……」


 ミューを探して二人用の面会室を予約した俺は、ミューにシェリとのあらましを話す。


「……シェリが、何を考えているのか、正直言って分からないんだ。どうしてシェリはあんなことをしたんだろう……もっとも、悪いのは俺なんだけど……」


 そんなことをぶつぶつと話し続ける俺に嫌な顔をする事もなく、ミューはその黄金色のぱっちりとした瞳をにこやかに俺に向けて、銀色のウェーブしたミディアムヘアを指先で梳くようにしながら、安心させるように話し出す。


「クロウ、大丈夫だよ! 安心して! 今回の件は、あなたが悪いわけでも、シェリが悪いわけでもないよ! 敢えて言うなら、シェリの過去に諸悪の根源があるといえるだろうね」


「シェリの……過去?」


 俺にはとてもそうは思えなかった。

 恋魔法を使ったシェリにも原因の一端はあると思えたし、それ以上にそれで誘惑に負けた自分が嫌だった。魅了されるだけならまだしも、まさかシェリを襲ってしまうなんて――


「シェリはね、間違いなく、過去、大切な人に裏切られた経験を持っている。でね、そこからが怖いんだけど、こういう大切な人に裏切られた経験を持ってる人ってね、自分からその裏切りを再び繰り返しちゃうんだよ」


「繰り返す……それは……どういう事なんだ?」


「例えば人によっては、今度は自分が裏切る側に回るような人もいるんだけど、多いのは、また人に裏切られるような行動を自分から取ってしまうパターンだね。シェリもその口だよ。シェリは、無意識のうちにクロウに裏切られるような行動を取って、実際に裏切られて、過去の悲しい出来事を追体験している。そうして心の傷を自分から深めているんだね。これは一種の自傷行為。クロウはそれに巻き込まれてるだけだね」


 ミューの話は、言われてみると何となく分からなくはないものだった。


 確かに、人間の心理にはそういう事もあるのかもしれないと思わせる話術が、ミューには備わっていた。


「俺は……どうしたらいいと思う……?」


「シェリが距離を置いているなら、一人で近づくのは得策じゃないね。そだね、わたしが一緒に行ってあげようか? わたしもシェリには恋魔法のせいで好感は抱いていないけど、それだけで嫌がらせをするような性格はしてないからね。わたしはこれでも優しいんだよ!」


「ははっ……優しいのは知ってるよ。ありがとう、ミュー……正直、めっちゃ助かる」


「うんうん、素直でよろしい! んじゃ、行こうか!」


 俺とミューは、そのままシェリを探しに学園内をうろつきだす。


「この時間なら、カフェテリアか裏庭あたりにシェリはいる気がする」


「そのあたりを巡ってみようか」


 カフェテリアははずれだったが、その後訪れた裏庭でシェリを発見する。


 シェリは、一人ベンチに座り、思い悩むような様子で佇んでいた。


 その姿もとてもかわいいなと邪念が起こるのを防ぎながら、俺はシェリに勇気を出して話しかけようとする。


「クロウ、待って、わたしから行く。そこで待ってて……シェリちゃん、やっほー! 元気してる?」


 俺は樹の影に隠れて、ミューの様子を伺うことにした。


「ミュー、さん。わたくしなんかに話しかけてくださり、ありがとうございます。元気では、ないですね。最悪です。クロウさまにも、きっと今頃嫌われてしまっているでしょう」


「そんな事ないと思うよ。クロウは今でも、シェリの友達にもう一度なりたいって思ってるよ……シェリ、わたしね、実はクロウに相談を受けていて、それであなたがどういう状況にあるのか、大体分かったんだ。今日はその話をしにきたんだけど……」


「わたくしの、状況……ですか?」


「シェリ、あなたは、過去、誰か大切な人に、裏切られたことがあるよね?」


「……はい」


 それはおそらく、父親に捨てられた時の事なのだろうと、様子を見ていて分かった。


「シェリの状況というのはね、その過去の裏切りを、無意識のうちに現実でまた繰り返して、追体験しようとしてしまうっていう、トラウマを抱えてる人によくある心理パターンなんだよ。シェリは、過去に酷く裏切られた経験があるから、また300年後の今も、クロウに敢えて裏切られるようなことをしてしまう。シェリは、そういうどうしようもない状態に陥ってるってのがわたしの見立て。自分では、意識すらしてないんじゃないかな?」


 ミューの鋭い分析に、シェリは動揺している様子を見せた。


「そ、そんな……! そんな馬鹿な事、あるはずが……! いや、ですが、確かにわたくしがクロウに恋魔法をかける時の心理状態は、どこかおかしなものでした。あれが無意識のうちに、クロウに裏切られようとするわたくしの心理を反映したもの……? そんな、まさか……!」


 混乱するシェリに対して、ミューはさらに一歩踏み込んで、こう話す。


「シェリ。あなたのその過去を、わたしにもっと詳しく話してみる気はないかな? 話して、その過程で癒してあげる事で、あなたの症状は良くなると思う。わたしは、他言したりはしない。どうかな?」


 そう話すミューに対して、シェリはなぜか表情を曇らせる。


「……ミューさん。その……本来であれば、話すべきなのは分かっているのです。ですが……」


「やっぱり嫌かな?」


「嫌ではないのです。そうではなく……実は、わたくしには、裏切られた記憶が、ほとんど残っていないのです。おそらくは、父親に捨てられて、売られて〈試練と向き合う者〉にされた事だとは推測しているのですが……わたくしには、父親との記憶が、ほとんど残っていないのです。残っているのは、幼い頃のわずかな幸せな記憶と、父親に捨てられたという事実だけ……これだけで、どうやってわたくしを癒す事ができるでしょう? わたくしには、絶望的なように思えます」


 シェリには父親との記憶が、ほとんど残っていない――

 ここからどうすれば、シェリの未練を癒せるというのだろう。

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