第21話 愛の奴隷
「――恋魔法〈愛の奴隷〉」
突然様子が変わったシェリを俺が心配したとき、突然シェリはその力を解放し、恋魔法を使用した。
「シェリ、何を……? うっ……!」
ドクン。ドクン。自分の心臓が熱く鼓動するのを感じる。
〈愛の奴隷〉。それは300年前、シェリが任務で多用していた得意魔法だと聞いていた事がある。
その効果は、対象の心臓から恋心を増幅させる魔法を次々に生成させて、それを血流に乗せて全身に巡らせるという物だったはずだ。
血潮が体中を巡るにつれて、どんどん自分の身体が熱くなって、ドキドキが止まらなくなっていく。
シェリの可憐な瞳を見つめる。薄く紅の塗られた可愛らしい唇を見つめる。白く清らかな首筋を見つめる。ふわりと柔らかそうに膨らんだ胸を見つめる。きゅっとくびれて、へそをドレスから覗かせたお腹を見つめる。ひらりとスカートをはためかせた、スレンダーな腰元を見つめる。
全てを、食い入るように見つめてしまう。
見つめれば見つめるほど、その可憐さに魅入られて、シェリが欲しいという衝動が沸き上がり、腹の奥から熱く煮えたぎるような性欲を感じていく。
シェリはまぎれもなく本気だった。
それは、今までのシェリとの日常における魅力など、児戯にも等しかったのだと理解させられる、相手を圧倒するような誘惑。
俺は程なく理性を失うだろう。そう確信したから、最後にシェリにこう言おうと思った。
「シェリ、すまない。俺は最後まで、キミの友達で、いたかった……」
シェリはそう呟く俺を、泣きそうな瞳で見つめている。
だが、俺が本能に逆らえず、シェリに手を伸ばすと、その顔が恐怖で歪む。
ああ……俺はそんな顔をさせたい訳じゃないのに……
確かに、誓ったはずだったのに……
シェリを乱暴に抱き締め、そのドレスを掴み、はだけさせる。
露出した下着を見てさらに興奮した俺は、そのままシェリの胸に顔をうずめるようにする。
柔らかな胸を蹂躙した俺は、さらにその手をシェリの下腹部に伸ばそうとして……
「怖い……怖いです、クロウさまっ! 光魔法〈眩光〉!」
シェリが唱えた魔法は、強大な光を生み出し、俺の目を焼いた。
「うがあああああああ!」
視界を失ってもがき苦しんでいる俺から逃げるようにして抜け出したシェリは、そのまま走って魔道具製作室から出て行ってしまった。
「クロウさまっ! ごめんなさいっ!」
――そんな言葉を言い残して。
俺は未だ煮えたぎるような本能を感じていたが、シェリがいなくなったことで衝動は行く先を失い、緩やかに鎮静していく。
心が少しは落ち着いてきた俺は、失った物の大きさを考えて、絶望していた。
シェリ……どうしてあんな魔法を……いや、それは言い訳にすぎない……結局の所、俺はシェリへの渇望が捨てきれていなかった……そういう事なんだろう。
俺はそう考え、今の出来事は俺の過失であると結論づけた。
だとするならば、俺はシェリに謝り、赦しを乞わないといけないだろう。
俺は暗惨たる気持ちのまま、よろよろと立ち上がり、シェリを追いかけた。
*****
――やっぱりダメだった。
わたしの胸の中には、そんな身勝手な失望が渦巻いていた。
クロウさまはわたくしの恋魔法に、必死に抵抗しようとしてくれたようには見えた。
だが、あえなくその理性は陥落して、わたしを、あろうことか、襲ってしまった。
あのまま行けば、クロウさまは、いつかわたしを襲った男の子と同じように、白い液体を出すまで止まらずにわたしを蹂躙し続けただろう。
わたしはそんなクロウさまは見たくなかった。
あんなにも素晴らしい精神性を見せていたクロウさまが、そんなになるまで堕落してしまった所など、見たくなかった。
本当に自分勝手な思いであるとは思っている。
だが、それでも、見たくないものは、見たくないのだ。
だから、わたしはクロウさまに後遺症が残らないよう調整した光魔法で攻撃を行い、逃げ出した。
その事に後悔はない。
だが、クロウさまがわたしを襲ってしまった事には、淡く抱いていた、クロウさまはそれでもわたしを襲わないでいてくれるのではないか、という希望のようなものを、打ち砕かれた思いだった。
本当に自分勝手で反吐が出るのだが――それでも、わたしはクロウさまが友達でいてくれると、どこかで信じていたのだ。
クロウさまを神聖視しすぎていた。そういう事になるのだろうか。
わたしは、しばらくクロウさまと距離を置こうと、そう思った。
今クロウさまが傍にいると、言いたくない事を言ってしまうかもしれないから。
「シェリ……シェリ……!」
だがクロウさまはやってきてしまう。
走ってここまで来たのだろう。
前世とは違い、軍で訓練を受けたわけでもないクロウさまの肉体は、汗を流して息を切らせていた。
「はぁ……シェリ……! すまない! すまなかった! 俺が悪かった! だからシェリ! もう一度だけ……もう一度だけ、俺の友達になってくれないか……!」
その言葉は、わたしの望む物ではあったが、わたしは今、それ以上に、クロウさまとまた近づく事が怖かった。
だから、わたしはクロウさまを冷たく突き放してしまう。
「……クロウさま。今はクロウさまの顔をこれ以上見たくありません。このままだとわたくし、酷い事を言ってしまいそうです……どうか、消えてください」
クロウさまは、目の光を失い、絶望したような表情で、よろよろと引き下がる。
「シェリ……すまない。今は失礼する」
そういって、クロウさまはふらふらとした足取りで立ち去っていった。
わたしは一人取り残されて、こう思った。
「……また、独りぼっちになってしまいました」
自然と、両目から涙がこぼれだす。
「ひっく……うわ……うわああああああああああああ!」
そのままわたしは、泣いた。泣いて、泣いて、泣きわめいた。
はたから見れば、きっと理解できないだろう。
だが、わたしにとっては、この事件は必然だった。
そしてその結果は、確かに裏切られたと感じた、そういうものだったのだ――
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