第19話 心を癒す魔法劇
「クロウさまっ! わたくしたちが作る作品は、どの講義の課題にしましょうか? わたくし、明日から始まるこの講義の課題とか、良いと思うのですが……」
それからしばらくが経った頃、シェリのそんな言葉を皮切りに、俺たちはどの講義の課題を作るかという話題に移っていった。
「そうだな、シェリもその講義に興味あるようなら、それにしてみようか。俺もその講義を取るよ」
「……はい! ありがとうございます!」
その後はシェリと講義を一緒に受ける約束をして、その日はいったん別れる事となった。
それから、逃げ出したアマナを探し出して、何とか宥めたりする場面がありつつ、僕とシェリは約束していた講義の日を迎える。
教室に入った僕は、シェリの横の席に着席する。
至近距離に座った事で、ふわりと香る少女らしい匂いに劣情が駆り立てられるのを感じながら、僕はそうした思いを必死に抑えて、シェリの友達であろうとする。
「……シェリ。やあ、おはよう」
「クロウさまっ! おはようございますっ! 講義、楽しみですねっ! ああ、クロウさまと一緒に講義を受けられるなんてっ! わたくし、友達とこのように一緒に行動できる事が、嬉しくてたまりません!」
講義を友人と一緒に受けるという行動は、シェリにとってツボを押さえたものだったらしく、シェリは興奮気味である。
シェリのためにもきちんと友達で居続けないとな。
そんな思いを新たにするが、至近距離でシェリの魔性の声を聴き続けるのはいつも以上に精神を消耗する行いである事がだんだん分かってくる。
「クロウさまぁ! わたくし、こういう時に友達と何を話したらいいのか分からないのですが……今日もクロウさまは大変素敵ですっ! ああ、でも少し髪の毛に寝ぐせが残っていますね。払ってさしあげます」
そういうと、シェリは指先に水魔法と熱魔法で簡易な寝ぐせ対策魔法を作り上げて、俺の方にしなだれかかるようにして、俺の後ろ髪に指先を触れさせる。
シェリは当然意識していないようだが、実質的に抱き着かれているような体制である。
シェリの柔らかな胸の感触が、ドレス越しに右腕に感じられて、俺はドギマギとした感情が抑えきれなくなりそうになる。
ああ……シェリ……キミはどうしてそんなに無防備で、どうしようもなく魅力的なんだ……!
シェリ……キミを手に入れるためなら、俺は……俺は……!
理性を失い、そんな友人とはほど遠い感情がぐるぐると渦巻く中、シェリは寝ぐせを直し終えて、すぅっと離れていく。
俺はそれにとても強い寂しさ、喪失感を感じながら、そんなんじゃダメだと何とか理性を奮い立たせてシェリに臨む。
「……シェリ、なんというか、急に近づかれると、その、ドキドキしてしまって、キミの友人で居続けるのが苦しくなってしまう……情けない話なんだけど、今、俺は理性を失いかけていたんだ……だから、ちょっと、その、気を付けてくれると嬉しいんだけど……」
シェリの方でも気を付けてもらわないと、これはもうどうしようもない。
そう思っての言葉だったが……
「ああ……! クロウさま……! 申し訳ございません……! またしてもわたくしは、クロウさまに、その、我慢させるような振る舞いをしてしまっていたのですね……ですが、クロウさまは、苦しくても耐えて、わたくしの友達でいてくださっている……そういう事なのですね……わたくし、クロウさまに負担ばかりかけてしまっていますね……本当に申し訳ございません……いったいわたくしは、何をすればクロウさまにご恩が返せるでしょうか……? わたくし、クロウさまの喜ぶことならなんでもして差し上げたいのですが……」
「なんでも」という言葉に、直前までの心理状態もあって、またしても嫌らしい思考が脳裏によぎりかけてしまうが、必死にその妄想を振り払って、こう答えた。
「シェリ、シェリがしたいと思った時に、したいと思った事をしてくれればいいさ。そういうのは自然な感じでいいんだよ。友達ってのは、そんなに、あくせくと相手に尽くそうとするようなものじゃないと俺は思う」
「そうですか……あら、教官が入ってきましたね」
その言葉を区切りに、俺とシェリは講義が始まるのを教官を見つめながら待った。
この講義は、『心を動かす魔法劇について』という講義名の授業だ。
担当教官は、エリゼ・シュメールという女性教官だ。
見ると、教官はまだ若く、20代後半といったところだろう。
そんな教官が、教室の前まで来て、声を上げる。
「おはよう、諸君! 本日より魔法劇の講義を担当させていただく、エリゼ・シュメールだ! 突然だがキミたちには課題を出そうと思う。課題内容は『心を癒す魔法劇』だ! 分からない事があったら、質問したまえ! 残りの講義時間は、質疑応答に使わせてもらう。さっさと作りたい諸君は、抜け出してもらって構わない! よろしく頼むよ!」
学園長の講義を思い出す講義スタイルに、思わず苦笑してしまう。
「え……え?」
学園長の講義を受けていなかったシェリは、戸惑っている様子だった。
「まあとりあえず、他の人の質問を聴こう」
それからしばらく、俺たちは講義という名の質疑応答を聴き、魔法劇について理解を深めていく。
そして、それからシェリと二人、魔道具製作室に移動した。
「さて、何かシェリは作りたいものはあるか?」
俺の質問に、シェリははっきりとこう答えた。
「その……例の天使人形、天使ちゃんを活かした魔法劇を組んでみたいのですが……あれはとっても癒される子ですし、課題にも合っていると思うのです」
俺はシェリのその言葉を悪くないと思い、どのような劇にするか、思案を始めるのだった。
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