第18話 シェリへの誓い

「クロウさまっ! 先ほどの音楽とお花の魔法芸術、素晴らしかったです……!」


 講義を終え、アマナと一緒に教室を出たところで、いつの間にか教室内に紛れ込んでいたらしいシェリに話しかけられた。


「げっ、泥棒猫です」


「こらアマナ、いくら嫌悪する魔法があるとはいえ、そういう事は言わないよう気をつけてくれ。やあ、シェリ、見ていたのか。この時間は他の講義があるんじゃなかったか?」


「クロウさまとアマナさんの番は最後だと、別の講義で学園長に聞いていたので、講義を早めに抜け出して見させてもらいました。ちょっぴり不良かもしれませんが、後悔はしていません。本当に、素晴らしい作品でした……わたくし、感激いたしましたっ!」


 俺はシェリのキラキラした様子が眩しくて、少し照れ臭くなってぶっきらぼうに言う。


「これくらい、シェリにだって作れるさ。シェリにだって、素敵な感性と、素敵な魔法が眠っているはずだから」


 そうだ。俺たちは同じ〈試練と向き合う者〉で、同じような多才な魔法能力と、特に特化した一つの魔法を武器として持っている。

 であれば、俺やアマナに出来て、シェリに出来ないという事はない。

 そう思っての言葉だったが、それを聞いたシェリは表情を曇らせる。


「そうだと良いのですが……わたくしに、クロウさまやアマナさんのような、生き生きとした美しい作品が作れるとはとても思えません。わたくしはまだ、本当に簡単な魔法芸術しか作ってみたことがないのです」


 そう告げるシェリは不安げで、自信を失っているように見えて、俺はそれを何とかしてあげたいと、強い衝動に駆られてしまう。


 ――だがその思いはシェリが誰よりも可憐で放っておけないからなのではないか?

 ――それはシェリの友人として居続けるという誓いとは相反した感情ではないか?


 そんな自分を否定するような感情が脳裏をよぎり、いったん自分の思いに自制をかける。

 その上で、シェリの友人である自分を思い出し、友人として、友達の悩みを解決すべきだという思考を構築し、やっと俺はシェリに向き直る。


「シェリ……心配する事はないさ。分からない事があったり、何かやりたい事があったりしたら、俺に相談してくれてもいい。自分なりに一歩ずつ進めば大丈夫だと思う」


 俺のそんな言葉は、シェリにとって少しは救いになるものだっただろうか。


 そう思いながらシェリの顔を見ると、シェリは――涙を流していた。


「クロウさまっ! クロウさまっ! クロウさまぁああああああ! ああ……! これが友達……! これが友達というものなのですね……! ずっと、ずっと欲しかったのです……! わたくしが困ったときに、このような温かい言葉をかけてくれる、そんな素敵な友達が……! ああ……! すごい……! すごいです……! こんなにも……! こんなにも素晴らしいなんて……! 友達って、すごいです……! すごいですねっ! クロウさまっ!」


 シェリの感激は完全に予想外の方向に向いていて驚かされたが、それくらいシェリが友達というものを強く求めて、飢えていたのだと理解はできた。


 だから俺は、友人として、そんなシェリを温かく受け入れよう、そう思ったのだが――


「お兄さま……ねぇ、クロウお兄さまっ! わたしがいるのを忘れていませんか! ずるいですよ、この女ばかり優しい言葉をかけてもらって! この女、友達とか言っていますが、こんな、こんな可愛らしいドレスを着て、お、お兄さまを誘惑しているとしか思えません! ずるいです! ずるすぎます! やはりこの女とクロウお兄さまと2人きりにする事は許せそうにありません!」


「……アマナ、落ち着けって。いる事は分かってるから。ちょっとシェリと大事な話をしていただけなんだ。誘惑とか、シェリがしているわけないだろう。あんまり無茶言ってると、マジで怒るぞ?」


 そういうと、アマナは「うう……うううううううう……!」と悔しそうな声をだしながら、涙目になっていた。


「お兄さまのわからずや! 色ボケお兄さまなんてもう知りません! お兄さまがそんなにその女が大事なら、その女と好きなだけ仲良くしていればいいでしょう……! うわあああああああ……!」


 アマナは泣きながら、どこかへ走り去っていってしまった。


 俺はアマナを追いかけるべきか迷うが、今のは冷静にアマナが悪いなと思い、まずはシェリと向き合う事に決める。


「シェリ、すまないな。前世で色々あったせいか、アマナも感情が不安定なところがあるんだ。そのあたりは見逃してくれると助かる。あいつも良い奴ではあるんだよ」


 そういうと、シェリは先ほどの涙が残ったままの顔で、優し気に微笑んだ。


「クロウさまは本当に慈愛に満ちた素晴らしい方ですね。わたくしの事も、アマナさんの事も大切にしようとしている。まるで天使のようです……いえ、神様のようかもしれません……それがわたくしの魔法のせいで上手くいかなくなっている事には罪悪感を覚えますが……」


「罪悪感を感じる事なんて何もないさ。シェリの魔法が悪いんだ。シェリが悪いんじゃない。そこは間違えないようにしてほしい。それを間違えない事はシェリのしあわせのための一歩だと思うから」


 そういうと、またしてもシェリは感激に震える。


「ああ……! クロウさまっ! その上でわたくしの事をそこまで慮ってくださって! わたくし、クロウさまの事を大切に思う気持ちが、抑えきれそうにありません! ああ、一体どうすれば……」


「ははっ、そこまで思ってもらえると、ちょっと照れるけどな。でも、良いんじゃないか、そのままでも。友達を大切に思うなんて、とっても素晴らしい気持ちだと、俺は思うよ」


 俺はシェリのこれまでの不幸を想い、そんな言葉を口にする。シェリが友達を大切に思えるなんて、とても幸せな事。そう思っての言葉だったが……


「ああ……! あああ……! 幸せです! わたくし、今、最高に幸せを感じています……! わたくしにはクロウさまさえいればいいのかもしれません……! 未練のせいで恋魔法が解除できなくても、わたくしにはクロウさまがいると、そう思えています! ああ……クロウさま……いなくならないでください……わたくしを一人にしないでください……ずっと一緒にいてください……クロウさま……! クロウさまぁ……!」


 シェリの語調は、幸せから寂しさを帯びて、最後は甘えるような口調になっていく。

 その千変万化の少女の感情に魅せられるものを感じながらも、俺は何とか対等な友達としての言葉を紡ぐ。


「一人になんてしないさ。約束する。友達ってのは、離れても互いをどこか気にして、想いあってる物だと思うから。だから俺とシェリは、もう一人にはならないよ。そうだ、シェリ、一緒にいるって意味なら、シェリと一緒に魔法芸術作品を作るというのもいいんじゃないか?」


 これは前から考えていた提案ではある。


 シェリの未練が何なのか、それを調べる上で、もっとシェリと一緒にいる必要があるからだ。


 とはいえ、そういう打算的な意味合いはシェリに見せても喜ばれないと思うので、俺はあくまでシェリと純粋に作品が作りたいという体で押す事にする。


「シェリ、友達と一緒に作品を作るのって、とっても楽しいんだな、って俺はアマナと一緒に作品を作って思ったんだ。だから、大事な友達であるシェリとも、ぜひ一緒に作ってみたいんだ。ダメ……だろうか?」


 シェリはそんな俺の思惑には気づかない様子で、もう何度目かの相変わらず凄まじい感激を見せていた。


「ああ……嬉しい……嬉しいです……! クロウさまに大事な友達であると言ってもらえて……! 大事な友達であるわたくしと、一緒に作品を作ってみたいと言ってくださって……! わたくし、もう感激で昇天してしまいそうです……! 嬉しいです……! 嬉しいんです……! 本当に嬉しくて……! 涙が止まりません……!」


 シェリは感涙して、両目からぽろぽろと水滴を散らしながらも、こちらににじり寄って、俺の右手を両手でつかみ取って、言った。


「クロウさま……! クロウさまとの作品作り、とっても楽しみですっ……! わたくし、クロウさまともっとたくさん色々な想い出を作りたいのです……! ですからクロウさま……! わたくしを、どうかわたくしを、見捨てないでくださいね……! わたくしが愚かでどうしようもない振る舞いを見せても、見捨てないでくださいね……!」


 シェリのその様は、哀れさすら感じさせる、自己評価の低さを物語っていた。

 俺はシェリにそのような念を抱かせた、シェリのこれまでの人生に怒りすら感じながら、こう宣言する。


「俺がシェリを見捨てたり、裏切ったりすることはこれ以降もう無い。だから安心してくれ、シェリ。俺はシェリが大好きなんだ。もちろん、友達としてだ。だからそう不安がらないでくれ。楽しそうに、幸せそうにしていてくれ。俺はそうしてるシェリを見てると、こっちも、暖かい気持ちになって、幸せになれるんだ……!」


 その宣言は、またしてもわんわん泣き叫ぶシェリを生み出す事にはなったが。

 俺は改めて決意する。


 何としてもシェリの未練を晴らし――

 この少女が、真に友達と仲良くなって――

 真に幸せになれるよう、なんとか、導いてあげたい――と。


 そう、俺は心に誓うのだった。

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