第16話 誤算

「本当でしょうか……本当にそのような事が出来てしまうのでしょうか……?」


「まあ何事も無ければ出来るはずですね。シェリは、やりたいですか? 解呪」


 アマナがそう問うと、シェリは、悩む素振りも見せず、決心するようにこう宣言した。


「わたくし、ぜひともこの恋魔法を、解呪させていただきたいです! ずっと、ずっと、ずっとこの魔法に苦しめられてきました……! この魔法さえなくなればと、何度夢に見た事か。ぜひ、ぜひお願いしたいです! アマナさまっ……!」


 シェリの言葉に、アマナは少し呆れたようにこう言った。


「さま付けはいらないです。アマナでいいですよ。さて、ではさっそくですがやっていこうと思います。シェリ、わたしの前に来てください」


 シェリはアマナの前まで歩き、そこで立ち止まる。


「はい、来ました」


「……ひどい嫌悪感を感じますね。これが〈恋の試練と向き合う者〉の恋魔法の力ですか。さっさと済ませるとしましょう。儀式を行います」


 そういうと、アマナは何事か呪文のようなものを、シェリの耳元でぶつぶつと呟きだす。


 シェリはだんだんと意識がもうろうとしていって、ぼうっとした催眠状態のようなものに誘導されているようだ。


「シェリ……聞こえますか」


「……はい」


「あー、と声を出し続けてください。ゆっくりと、息の続く限り、ずーっと出し続けてください。わたしがそこに音魔法で干渉をかけ、根源に到達し、魔法を破壊します」


「……あーーーーーーーーーーーーーーーーー。すぅっ、あーーーーーーーーーーーーーーー」


 息継ぎをしながら、シェリはあーという声を出し続ける。


 アマナはぶつぶつと呪文を唱えながら、その莫大な魔力をとがった金属でできたアームのような形に練り上げて、シェリの口から奥へと侵入させていく。


「あーーーーーーーーーーーーーーー……すうっ、あーーーーーーーーーーーーーーーーー……」

 

 シェリは催眠状態に入っているせいか、アームを口の中に入れられても全く反応せず、ただ命令通りに声を出し続けている。


 俺は、アマナに洗脳されたときの事を場違いにも思い出し、何となくアマナが恐ろしくなった。


 アマナはアームを彼女の喉へと伸ばし、そこに存在する恋魔法の根源を掴み、ギリギリと握りつぶし始める。


 やがてアームは魔法の根源を破壊し、アマナは急いでアームを引き抜く。

 シェリはすぐに気を失って、バタリと倒れた。


「無事完了したみたいだな」


「ええ……このまま何も無ければですが」


 アマナの言葉に嫌な予感を感じたが、その予感は次の瞬間的中する事になる。


「ああ……あああああああああああああああああああああああ……!」


 倒れたシェリが、突然びくびくと身体を跳ねさせながら叫びだしたのだ。


「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! ……■てられるのは、嫌だぁあああああああああああああああああ!」


「アマナ! これは……!?」


「良く分かりませんが、暴走しています……! これは……シェリの裏人格のようなものでしょうか……?」


 シェリの裏人格らしき何かは、瞬く間に恋魔法を再構築し、彼女の喉にその魔法陣を施してしまう。

 そして、シェリはまた気を失った。


「シェリ、シェリ、起きてください」


 アマナはシェリを起こす事にしたようだ。


「ううん……アマナ……さん……いったい何が……?」


「儀式は成功しましたが、あなたの裏人格のようなものが現れ、再び恋魔法を施してしまいました。これはわたしには手が負えない気がします。専門家、そう、ミューのような人物の助けが必要かもしれません」


 アマナの言葉を受け、俺とアマナは、シェリを連れてミューの元を訪れる事になった。





 *****





「んー、それはずばり、シェリちゃんの中に巣食う、〈試練と向き合う者〉が転生する原動力になった、『未練』の仕業だね」


 学園内のカフェテリアでロガールと談笑していたミューを見つけた俺たちは、ロガールに断りを入れて、ミューを小さな会議室に連れ出した。


 会議室を貸し切った俺とアマナ、シェリは、ミューが黒板の前に立つのに向かい合った形で、ミューの話を聞く事になった。


「未練……ここでその単語が出てくるのか」


 俺は神様にも言われた単語である未練というものが、こういう形で現世での人生に影響してくるのだと知った。


「クロウはなんか意味深な事言うね! まー話を戻すと、シェリちゃんのこの『未練』をばっちり解消してあげないと、その恋魔法を解呪するのは難しいねぇ」


「……未練、ですか……正直言って、困りました」


 シェリは呟くような口調で、そんな事を言う。

 

「困ったってのはどういう事だ?」


「わたくしには、これが未練かもしれない、という実感のようなものが何一つ見当たらないのです。そこだけすっぽり記憶が失われているかのようです。唯一思い当たる事があるとすれば、わたくしがあまり覚えていない、父親との日々、でしょうか……」


「んー父親との日々か、わりとそれっぽい気もするね。例えばどういう事を覚えてるの?」


「そうですね……幼い頃はとても愛されていたように思います。赤い花を贈ってもらったりしていました」


「それは良い記憶だね。未練にはつながらなさそうにも思えるけど……」


「……その……もう一つの記憶が……わたしは父親に冷たく突き放されて、軍に奴隷として売り払われてしまったはずなんです。そっちは、嫌な記憶だからか、あまり良く覚えていないのですが……」


 それは衝撃的な話だった。


 シェリは愛する父親に売られて、〈試練と向き合う者〉になったのだ。

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