第14話 裏庭にて~シェリの喜び~

「シェリ。待ったか?」


 アマナとの話し合いが思ったよりかかったので、待ち合わせ場所のベンチにはシェリが先に到着していたようだった。


「いいえ、全然です! 今来た所ですよ、クロウさまっ!」


 シェリはそういって、しっぽがついていたらフリフリと振られていそうな様子で、立ち上がり俺に迫ってくる。


 俺はそのシェリの眩しい可憐さにたじたじになりながらも、友人としての立場を維持すべく理性を駆使する。


「……そうか」


 シェリは今世でも、恋魔法絡みでいざこざに巻き込まれているだろう。

 俺はなるべくそれを感じさせないよう、シェリに魅了されている素振りは見せないようにしたいと思った。これもシェリのためだ。


「それよりクロウさまっ! どうでしょう? 友達と遊ぶのにふさわしい装いとなっているでしょうか? わたくし、友達と遊ぶというのが初めてだったので、つい気合を入れてしまったのですが……」


 シェリと約束をしたのは昨日だったので、シェリは今日の密会に向けて、服装を整えてきたらしい。

 その言葉に、シェリの可憐さをまたしても意識してしまう事になる。


 金髪を細く細く結い上げた三つ編みを、リボンを巻きながら腰の下まで垂らしている髪型は、気のせいか昨日の入学式の時よりさらに気合を入れて飾られている。

 頬は緊張のせいか紅潮していて、瞳もうるうると潤んでいた。

 服装は、清楚な印象の白と黒を基調としたドレスに身を包んでいて、シェリのまだ14歳にして思わず魅了されるような可憐さを嫌味なく引き立てている。


「……ああ、良く似合ってると思うよ。友達同士なわけだし、そんなに気合を入れた格好ばかりでなくても良いと思うけどね」


「そうですか……! 服が似合うと言われた事をこんなに素直に喜べたのは初めてです! 友達って素晴らしいものなのですね! クロウさまっ……ああクロウさまっ……わたくしは、本当にあなたを大切な友達だと思っていて良いのですね……!」


 その言葉には、彼女がこれまで感じてきたであろう孤独を想ってしまった。だからこそ俺は、こうしてシェリの友達になれた事を、良かったと、善い事をしたのだなと、そう思った。


「大袈裟だな、シェリ。これからはこれが当たり前になる。友達を友達と思っていて、悪い事なんて一つもないさ」


 シェリは、じーんと深く感動するような様子を見せた。ますます彼女の興奮に火に油を注いでしまった事は明らかだった。

 

「クロウさまっ! わたくしのような厄介な存在に対して、そのような聖人のごとき事をおっしゃってくださり、本当に、本当に、どう感謝の言葉を告げて良いか……! クロウさまっ……! クロウさまぁ! 抱き着いてもいいでしょうか……! なんだか、クロウさまを大切に思う気持ちが抑えられなくなってしまって……!」


 その言葉には、さすがに鉄の理性も決壊しそうになった。


 シェリに抱き着かれる。

 あのどうしようもなく可憐で、それでいて楚々としたシェリに。

 それは前世で散々夢見たシチュエーションだ。


 そのシチュエーションが、友達になると決めた今叶おうとしているのは因果なものだが……


「シェリ……それは勘弁してくれないか……そもそも、友達同士で抱き着き合うというのは、ちょっと男女にしては仲が良すぎるよ」


「そ、そうなのですね……わたくしとしたことが、つい取り乱してしまいました。で、では……クロウさまと、お手を繋ぐというのはどうでしょうか……?」


 恥ずかしそうに照れながらそんな事を言うシェリはやはり破壊的に可愛いが……


「手って友達同士だとあまりつながない印象があるけど……」


 これ以上の理性の決壊を防ぐべく、断固として拒否する所存でやんわりと否定する。


「だ、だめでしょうか……? わたくし、友達と親しく肌を触れ合わせた事が無いのです……ス、スキンシップ、という奴を、したことがないのです……ですから、そういうものに強い憧れがありまして……ぜひやっていただきたいのですが……」


「う……しょうがないな……」


 うるうると上目遣いでお願いされてしまったせいか、つい頷いてしまう。

 こんなんで友達を続けられるのか、不安になってくるな……


 まあ確かに、相手が友達としてスキンシップを求めてくるのなら、それに応じるのも優しい友情なのかもしれない。

 何かが間違っている気もしたが、すでに思考能力がいたく低下していた俺は、そんな考えを受け入れた。


「で、では、お手を失礼しますね……!」


 恐る恐ると言った様子で手を伸ばしてきたシェリのひんやりとした柔らかい手が、俺の少年らしい手を包み込む。


 その瞬間、思わず背筋がゾクゾクと来る快楽を味わった。


 これが……シェリの手……至福だ。


 だいぶ思考能力が無くなってきていた俺は、友達という体面を早くも失いかけていた。


「うふ……うふふふふ……これが……これがクロウさまの手……嬉しいです……とっても、嬉しいです……! 手と手が触れ合うだけの事が、こんなに甘美だなんて……! こんなに、素晴らしいなんて……! ああ、世間の友達は、こんなに素晴らしい事を今までずっとやってきていたのでしょうか……わたくしは羨ましくてたまりません……! ですが、今は、今になってようやく、わたしにもこの甘露を味わえる時が参りました……! クロウさまの手、温かくて、肌の質感がざらざらと、すべすべと感じられて、なんとも甘いです……! 甘すぎます……! わたくしはもう、死んでもいいかもしれません……!」


 一方のシェリは初めての手と手をつなぐスキンシップに、大興奮状態に陥っていた。

 

 その可憐な様子に、俺(の理性)ももう死んでもいいかな、と思い始めていた頃……


「その手を離しなさい売女! お兄さまの手に、お兄さまの手に、それ以上触れるなぁあああああああ!」


 突然、裏庭に繋がる扉をガタリと開け放って、アマナが現れたのだった。


「お兄さまは……! お兄さまは……! わたしの事が! 一番! 好きなんですッ……!」


 どこからか受信したらしい怪情報を叫びながら。

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